142『誕生日/古希祝い』
今日は冨士夫の誕生日である。
生きていれば70歳だから、
古希祝いという事になるのだ。
そもそも古希とは
長寿を祝う風習で、
中国から伝わってきているのだとか。
それは1,000年以上も前、
唐の時代が発祥の
風習だといういから、
そりゃあ、えらく古いもんなのだ。
色でいうなら『紫』。
還暦が赤なら、
古希は『紫』だから、
青が混ざったんだな、
なんてそんなことは
どーでもいいか。
しかし、命日が4日後なので、
うかうかしてはいられない。
誕生日を祝っていると、
あっという間に
涙に暮れることとなるのである。
山口冨士夫って人は、
ほとほと夏に縁がある人生なのだろう。
蝉の鳴き声が降りしきる
公園の緑の中を歩くと、
冨士夫の声を思い出すのである。
「何やってんだよ、トシ、俺の電話は出てくれよぅ!」
うるさいほどの蝉の声にひたっていたら、
冨士夫からの留守電が入っていた。
「ごめん、ごめん、蝉の声で聞こえなかったんだよ、ほら!」
って、辺り一帯にこだましている
蝉の合唱隊の美声を聴かせようと、
緑の空間に携帯を向けてみた。
「何だよ、何がしてぇんだよ」
蝉に限らず虫の声は、
周波数の関係で
携帯では拾えないのだった。
(そんなこと、誰だって知らない)
何がなんだかわからなかったのだろう、
何かごまかしている
とでも想っていたのだろうか、
自慢じゃないが、こちとら、
もともと信用がない。
ガンガン来る文句の嵐に
面倒くさくなって、
ブチっと、携帯を切ってやった。
あとに残るは、
降るような蝉の声だけだ。
「ああ、夏、真っ盛りなんだなぁ」
ぐるりと一回転して
辺りの環境を見回すと、
その時のことを思い出すのである。
蝉と一緒にあらためて言うのだ。
「あの時はごめん、誕生日おめでとう」
…………………………………
冨士夫のもともとのルーツは解らない。
本人は、冨士夫って名前にも
確信を持っていなかったが、
“山口冨士夫”は、
れっきとした親がつけた
名前だったのである。
冨士夫が3歳になるまでは、
両親と一緒に
暮らしていた可能性がある。
だから、
そこに父親の影があっても
おかしくはないのだ。
だけど、冨士夫には
まったくそこまでの
記憶が残っていない。
何故なんだろう?
冨士夫の脳は3歳のときに、
聖友ホームに預けられる
ところから始まっているのである。
持病であるテンカンは、
そこら辺を封印している
影響があるんじゃないかと、
僕は常々想っていた。
預けた母親の後ろ姿が、
道の角を曲がって
消えてゆくところから
始まる記憶なんて、
ドラマにしても
出来過ぎのような気がするのだから。
「本名は山口冨士夫、東京生まれ。母親の名前は山口●●、父親は不明です」
亡くなったときの事件を扱った
担当刑事もハッキリと言っていた。
預けられたホームで
特別に可愛がられ、
シミひとつない真っ白な心に
優等生を期待される。
ホームの看板児童として
関係各方面に連れて行かれたのだ。
対外的に気を使う性格や、
人の心を読む力は
この頃に養われたのだろう。
だから、
人の良いときの冨士夫は、
誰よりも優しい。
しかし、
良い人でいるために
ハメを外せなかった
心のアンバランスは、
やがてコンプレックスとなり、
対人恐怖症のような
無口な人格を形成していく。
この頃までが、吉田さんが知っている
ダイナマイツ時代の冨士夫である。
「ホームのおばちゃんから、援助してくれる人たちに1枚1枚お礼状を書かされるんだ。そうすると、ひとつひとつコンプレックスが積み上がっていくんだよ」
という類いの話は、
冨士夫を理解するのに
解りやすかった。
そのコンプレックスを取り外し、
冨士夫自身のアイデンティティを
見つけるきっかけを
くれたのがチャー坊だ。
“日本人”であること。
冨士夫の見た目はどうであれ、
中身は誰よりも“日本人”なのである。
“日本人”による日本のロックを作ろう。
チャー坊の生まれ育ちは
日本国を意識した渦の中に在った。
冨士夫はドラッグと共に
ソレらのルーツと共鳴し、
右だか左だか解らない角度で
日本のロックをかますのだが、
結局はドラッグが強過ぎたため、
ソッチの快楽が
新たなるネックとなったのである。
僕が出会った頃の冨士夫は、
ナチュラルで穏やかだった。
だから、文句なく良い人である。
会社に持って行く弁当まで
作ってくれなくてもいいけど、
何かと世話をやいてくれる
滅多にいない善人だった。
それが、音楽を始めると
もう一人の冨士夫になる。
原因はわかっている。
でも、やめれない。
加えて客も
激しい冨士夫を要求する。
ソレに応える度に
冨士夫は壊れていったのだ。
だから、
ドラッグをやらない約束で、
『TEARDROPS』を作ったのだ。
そうしたら、
遠巻きに見ていた仲間たちが
一緒にやろうって寄ってきた。
でも、どこかが違って、
何かが冨士夫自身に
そぐわなかったのだろう。
たった4年間で
『TEARDROPS』ごと
壊れてしまったのだから。
それからは、穏やかだったり、
キレッキレ!だったり、
そのときの気分で
調子良く(悪く)やっていたのだろう。
でも、
誰にとやかく言われる
筋合いもないのだ。
コレは
冨士夫自身の人生なのだから。
芸能界が嫌いで誰にも媚びず、
収入も支出も
ケタを間違えるほどに
金に無頓着で、
独特な名声を好み、
どこまでも冨士夫の事が
好きな輩たちのための
冨士夫でありたいと思い、
ついつい冨士夫であることに
力が入り過ぎてしまう
人生だったように想う。
…………………………………
「よぉ、冷えたビールでも呑みに行かねえか! オレが奢るよ」
あのとき、
降るような蝉の声の中で、
もう一度冨士夫から
電話がかかってきた。
文句を言い過ぎたと思って、
ご機嫌とりにきたのだろう。
実はくるだろうと思い、
待ち構えていたのだった。
「いいよ、ドコにする?」
めくるめく日差しの中で、
木々の葉が揺れるのを感じていた。
瞬間、
携帯のバイブが震えた。
ふっと、着信を確認する。
「まさか、ね」
僕は今でも、
気が遠くなるような蝉の鳴き声に
そう想うのだった。
(1989年ころ〜今)
PS/
冨士夫は強力な雨男でした。
もしかすると15日は雨かもしれません。
台風を誰かがやっつけてくれないかなぁ。
それでもめげずにやって来る皆様方、
心からお待ちしております。
【山口冨士夫を偲ぶ6年目の夏】7回忌
◆原宿クロコダイル
◆2019/08/15木曜
◆Yamaguchi Fujio Tribute Band 2019
◆前売り¥3,000/当日¥3,500
◆18:00/open 19:30/start
members
吉田博(vo,b)…ex;The Dynmamites
延原達治(vo,g)…The Privates
宮田和弥(vo,harp)…Jun Sky Walker(s)
ぴーちゃん(g)…Blues Binbohs
ナオミ(ds)…Naomi&Chinatowns
芝井直実(sax,g)
◆Information/前売り予約
原宿クロコダイル
03-3499-5205
E-Mail:croco@crocodile-live.jp
◆yomoyaba@yahoo.co.jp