063『遥かなるMixing Lab4/ジャマイカの少年』夢じゃないさ

原稿の締め切りだった。
バビロンホテルのロビーに行き、
国際ファックスが送れることを確かめる。
これで逃れることはできなくなった。

とにかく… 書かなくては。

『エキサイティングな夜』
タイトルは、これで決まり。
ダイナマイツ時代の
冨士夫を書こうと思ったのだ。

歌詞を生むために苦しんでいる
冨士夫のハウスを訪ねることにした。
とにかく、何でもいいから
エピソードを聞き出さなくてはならない。

中庭のOver Thereに行ってみると、
何やら騒がしい。
ハウスの前にあるヤシの木に
ジャマイカ男性のホテルマンがよじ登っている。
その下でジャマイカ女性のホテルウーマンが
笑いながら身構えていた。

「ア〜ラヨット!」

ジャマイカ男性が
もぎ取ったヤシの実を下に落とす。
それを、ジャマイカ女性が、
ロングスカートを
前で広げて受け止めていた。

“ おおっ!見事な連係プレイだ ”
拍手をしようと思ったら、
「ブラボ〜♪」
という聞き慣れた声と共に、
正面の左上方向から拍手の音が聞こえた。
見ると、2階のベランダから、
カリブの王様のように喝采を送っている
バビロン冨士夫の姿が映った。

「ちょっと青臭いが、これが美味いんだ」

ナタで上部を切ってもらったヤシの実を、
ジャマイカ女性から受け取った冨士夫が、
とても嬉しそうに飲んでいる。
ひとしきりゴクゴクと流し込み、
ふ〜っと、息をつぐと、
ヤシの汁を首にまでしたたらせながら、
カリブの王様のように聞いてきた。

「ところで、なんの用だい?」

ギョロッとした目が、コチラの下心を探る。

「いや、別に、あのね、話を聞こうと思ってさ」

締め切りは今日、明日である。
素早く聞いて、とっとと書いて、
さっさとファックスを送らなければならないのだ。

「ふ〜ん、それで? 何を聞きたいんだぃ?」

「ダイナマイツさ、米軍のベースキャンプ時代の話…」

という言葉の語尾を聞くまでもなく、
冨士夫は立ち上がり煙草に火をつけた。
そして、ゆっくりとベランダに向かうと
大きく煙を吐きながら振り返る。

「あのさ、トシ。何の仕事だが知らねえが、
こちとら、今、ちいっとばかし忙しいんだ」

そんなことは重々わかっている。
もっと早く聞けばよかったのだ。
しかし、そのタイミングがなかった。
まぁ、いいか。
なんて流されているうちに今日がきたってわけ。
朝起きて日付を見てビックリ仰天だったのだ。

東京の出版社に国際電話してみたら、

「あっ、お世話になってますぅ。
いま、ジャマイカですか?
いいなぁ。…原稿できました?
じゃあ、まぁ、いーか。なんちゃって!」

なんて、能天気編集者が言うもんだから、

「あれぇ? コッチが見えてます?
もう、すぐにできるところです。
お待ち下さ〜い」

と、電話を切ったのだった。

切り際にタイトルを聞かれたので、
『エキサイティングな夜』と口から出た。
まぁ、これは以前から思い付いていたのだが、
なんか、ちょっとダサいかな!?
と、優柔不断になっていたところに
ふいをつかれたものだから、
とっさに口から押し出たのだ。
それだけでも決まって良かったではないか。
と、ルンルンして冨士夫のところに来たのだが…。

こうして、目の前で必死に歌詞を作っている
冨士夫を眺めていると、
とてもじゃないが邪魔はできない。
マネージャーとしては、
ミュージシャンを尊重する図なのである。

「わかってるよ。当たり前じゃない。
どこの世界にミュージシャンの創作を
邪魔するマネージャーがいるもんか」

なんて言ってはみたものの、
どうにかしなきゃなんないのだ。

目の前には南国の強い光のコントラストで、
ヤシの葉の影が濃い色を落としている。
その暗い影に心が吸い込まれるようだった。
でも、次の瞬間、
その心のずぅっと奥のほうから、
ほんの小さな自分が這い上がって来て、
耳元まで来ると囁いた。

“ 『So What』から引用しちゃいなよ”って。

“ エッ!それはダメだろ ”って声を、
“ その手があったか ”
って声が瞬時に打ち消した。

こんなヘタレな自分にも
善と悪があるところが誇らしい。
と、まったくの勘違いをしているところに、
冨士夫が突然立ち上がって言ったのだ。

「できたぜ!スタジオに行こうか!」

念願の歌詞が完成したのである。
すぐさまプールサイドで待機(?)している
コーディネイターを呼びに行った。

「フジオ、ウタデキタヨ、スタジオイク、ワタシタチ」

こりゃたいへんだ!
ジャマイカ男性のコーディネイターも、
小躍りしながら冨士夫のギターケースを持つ。

僕らはパーキングに向かって早足になった。
バビロン冨士夫の気が変わらないうちに、
なんとかスタジオ入りをしなければならない。

「あっ!」とか「うっ!」とか言いながら、
「やっぱ、やめとくワ」なんて、
日常の茶や飯のごときなのだ。

ドタバタとクルマに乗り込み、
いざ、Mixing Labスタジオへ。
久々の躁状態でかっとんで行くのであった。

…………………………………………

スタジオのゲートを入ると、
偶然にもスライとロビーが立ち話をしていた。
冨士夫とは半年振りの再会である。
仲間のタイロンが音入れをする日なので
覗いてくれたのかも知れない。

「ヤーマーン」

しばし、再会のコミュニケートをした。
会話なんかいらないのだ。
身振り手振りで十分に心は通じる。

スタジオ内に入ると、
それこそ麻琴プロデューサーが小躍りした。

「おっ!ついにできたんだ!?」

薄いサングラスから透けて見える目も笑っている。
さっそく、スタジオのセッティングをチェンジして
ヴォーカル録りに入る。

ブースの向こうで、リズムに乗った冨士夫が、
それこそオーバーアクションで歌い始めた。

♪朝の光を浴びて、たまらないぜ ラガ・マフィン♪

まさにジャマイカの歌だ。
現地に入ってからの想いを綴った
冨士夫のリアルな感情がほとばしる。
それにつられてスタジオ中が踊りだした。
Stickyが飛び跳ね、
サンディが合わせるように舞った。
空中を振動する音の渦は
部屋のすべてを飲み込み、
現実を夢の彼方へと連れ去ってくれる。

♪夢じゃないさ、何だってできるのさ♪

そうリフレインするエンディングを聴きながら、
逆に現実へと戻って行く自分がいた。
どうしちまったんだ、オイラは!?
この感激の瞬間に、いまいち乗りきれない。
この感じは、いったい何なんだ?

“ そうか!締め切りなのだ ”

すっかり忘れていた。
こうしちゃいられないのだ。
ワイワイと騒いでいるスタジオを後にして、
ひとり、ホテルに戻ることにした。

コーディネイターも
スタジオで乗りノリだったので、
ホテルまで歩いて帰ることにしよう。
2〜30分も歩けば着くだろう。

そう思ったのが間違いだった。
いかに住宅街だといっても、
そこをホイホイ歩くJapaneseは目立つ。
少し行くと得体の知れない
ジャマイカ男が寄って来た。

「ノー プログレム」

何もいらないし、かまっても欲しくない。
一人が来ると、何人もが来た。
それでも構わずに歩いたのだが、

“ きりがないじゃん!“

って、オーバーヒート気味になったときだ。

「Hey ! Japanese !」

大きな声で手を振りながら、
一人の少年が駆け寄って来た。
周りでとぐろを巻いていた
ジャマイカンたちに何やら説明をしながら、
コチラにウインク気味の合図を送る。

「あぁ、Yes Yes ! Oh Yes」

とっさに少年の合図に合わせたカタチだ。
「この日本人は自分の友達だ」
って言ってることが理解できたからだ。

周りの大人たちが残念そうに去って行く中で、
少年がポケットから何枚もの名刺を出して言った。

「ニホンジン、タクサン シッテルヨ」

見ると、その中の何枚かは日本人の名刺だった。
何をしてるのか?と聞くから、
ホテルに戻るところだ、と答えると、
送って行ってやると言う。

「ダイジョウブ、マネー イラナイヨ、アンタ」

その代わりに名刺が欲しいと言う。

そういう会話をしながらも歩いているのだが、
後からあとから来るジャマイカンたちを、
この少年は追っ払ってくれていた。

「オッケー」

何だか心配だが、名刺を渡すことにした。
この状況から脱するにはコレしかないだろう。

しかし、心配はめでたく杞憂(きゆう)に終わったのだ。
少年はホテルの入り口まで送ってくれると、
さわやかな笑顔を残し、去って行ったのだった。

“ なかなかに良い少年だったではないかい

少しでも疑った自分を恥じるとしよう。
そう思いながら締め切りに向かう。

そこからは、冨士夫の語った
『So What』の資料を取り出し、
夜半までかけて完成したのであった。

…………………………………………

ここに、その時の本がある。
【月刊『SPY』1990/APRIL】号だ。
“ アメリカ幻想の本領 ”
という基地の特集が組まれていた。
そこにダイナマイツの基地でのステージを
『エキサイティングな夜』
として載せたのであった。

記事の内容はダイナマイツ時代の
エピソードなのだが、
今、読み返してみても
僕にとってはジャマイカの風が蘇る。

♪夢じゃないさ 何だってできるのさ♪

その風は、ジャマイカの空の下で、
描いた冨士夫の想いがこもっている。

…………………………………………

翌朝、さっそく原稿を送るために
ホテルのロビーに出向いた。
フロントで国際ファックスをお願いしていると、

「あの…、日本人の方ですか?」

と後ろから声をかけられた。
振り返ると、
自分と同じような匂いのする、
軽そうなJapaneseが立っている。

「そうですけど、何か?」

「実は私、初めてのジャマイカで、
ついさっき着いたんです。
SONYというレコード会社なんですが
ご存知ですか?」と、きたもんだ。

やはり、「はい」と答えると、

「バンドは後から来るんですがね、
前乗りなんですよ、わたしだけ」

と大きなバックを床に置いた。

……コチラが愛想笑いをしていると、
たまらず彼は言葉を続けた。

「いえね、一応のホテルは決めてあるんですが、
このホテルはどうかと思いまして。
ダウンタウンを歩いていたら
少年に呼び止められましてね、
日本人がよく使うホテルを知っている
って言うんですよ。
本当に日本人の名刺を見せられまして、
ここを紹介されたってわけです」

と、イッキにまくしたてると、

「プールもあるんだ」

とか言って、
窓の外を眺めている。

「少年?…ですか?」

妙な予感がした。

「そう、けっこう良い奴でね、
ここまで連れて来てもらったんですよ」

彼の顔が指すほうを見ると、
フロントの奥のソファにたたずむ
ジャマイカの少年が映った。

「やっぱり…」

少年はコチラに気がつくと、
踊るように立ちあがった。

そして、実にチャーミングに笑いながら、
今度は、はっきりとウインクをして見せるのだった…。

(1990年/2月)

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