ジョニー・キャッシュとthe Tennessee Threeのギタリスト
こんにちは、スタッフ髙橋です!
先日ついに。
ついに!
Vemuram Jan Rayを買いました。
「今更かい」って感じですよね。笑
正直10年近く恋焦がれていたのですが、
ちょっと使っている人が多すぎて避けてしまっていたのです。
しかし!
さすがに我慢の限界が来てしまったのでShanks ODS-1とセット買いしました。
ご存知だと思いますがこんなに音作りにストレスがない歪みは他に無いですよね。笑
そしてボードにあのブラス筐体が二つ並ぶだけで安心感がございます。
目も耳も幸せになりました。
さて。
本日2月26日はジョニー・キャッシュのお誕生日です!
カントリーのアイコン的存在ですが、
ロックンロール、ロカビリー界にも大きな影響を与えています。
2003年にこの世を去るまで140曲以上のヒット曲を放ち、
レコードとCDの累計売上は5000万枚を記録しています。
ジョニー・キャッシュは1932年に生まれ、
5歳から綿花を育てる家族を手伝っていました。
母や幼馴染からギターを習うようになり、12歳になると作曲も行うようになりました。
18歳になるとアメリカ空軍に入隊、訓練を受けた後に、ドイツのランヅバーグにある
合衆国空軍通信保安部のモールス信号傍受オペレーターとして配属されました。
1954年に退役、テネシー州メンフィスに移り住み
ラジオのアナウンサーになる勉強をしながら電化製品の販売で生計を立てていました。
そして夜は”The Tennessee Two”と呼ばれることとなるバンドと演奏をする日々を過ごします。
ギターを担当していたのはLuther Monroe Perkins氏。
ブロンドフィニッシュ/ホワイトガードのエスクワイヤがトレードマークですが、
他にも当時の最上位機種だったジャガーやジャズマスター等も使用していました。
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巻き弦をブリッジ・ミュートしながらプレーン弦をストラムするスタイルは、
現在でも多くのフィンガーピッカーが真似している奏法ですね。
そして1955年にサン・レコードと契約し、Johnny Cash and the Tennessee Twoとして
デビューシングル「Hey Poter」を発売します。
その後1960年にはドラマーのW. S. “Fluke” Hollandが加入、
彼のバンドは”Tennessee Three”と呼ばれるようになりました。
また1966年になるともう一人のギタリストCarl Perkins氏が加入します。
Carl氏もサン・レコードの歴史を作ったうちの一人で、
ご存知の通り「ブルー・スエード・シューズ」の作曲者です。
自身の名義での作品も名盤しかなく、
個人的には1969年発売の「On Top」が大好きです。
Epiphone EmperorやGibson ES-5 Switch Masterなど、
ゴージャスな箱物が世界一似合うのはCarl氏ではないでしょうか。
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1968年にLuther Monroe Perkins氏が死去してからも
1974年までCarl氏がTennessee Threeのギタリストを務めました。
以降the Tennessee Threeはメンバーを変えながら
2003年にジョニー・キャッシュ氏が亡くなるまで活動を続けました。
その後も2006年にジョニーのトリビュートアルバムである
「The Sound Must Go On」をリリースするにあたり復活。
以降もメンバーチェンジを挟みつつツアーを行うなど活動を続けました。
リズムギターとコーラスを務めたのは、ジョニー・キャッシュの息子である
John Carter Cashです。
現在ではSheryl CrowやElvis Costello、Willie Nelson等の
レコーディング・プロデューサーも務めています。
個人的にカントリーやアメリカンなポップスが好きな私としては、
開祖とも言えるジョニーにはもう感謝と尊敬しかございません。笑
今日はデビュー作の「Hey Porter」を聴きながら家路に着こうと思います。
それでは!