Eric Clapton シグネイチャーモデル ~完成までの道のり その1~

フェンダーのアーティストモデルの中でも最重要とされている”Eric Clapton Signature”モデル。
フェンダーアーティストシグネチャーシリーズの記念すべき第一弾となっており、当時のフェンダーの”信用”を取り返すきっかけとも言えるモデルの一つです。
このモデルに関しては、USAライン、カスタムショップ、R&D、マーケティング、アーティストリレーションなど社内の役割は関係なく、全ての部門にいたスタッフ全員が協力して作り上げたものとなっていたそうです。

開発からプロダクションモデルに至る経緯やそれにまつわる話を紹介します。

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シグネチャーモデルが製作される前から、クラプトンとフェンダーの”非公式”な関係は10数年に渡り続いていました。

クラプトンの使うギターの中でも最も有名なものと言えば、”Blacie”と”Brownie”の2本。

この2本は当時から、ヴィンテージのギターの販売やリイシューモデルの生産の活性化を手伝ってきましたが、フェンダー社自体はあくまで”新品”のギターを売るために存在しています。
そして考えられたのが、クラプトンがBlackieとBrownieに取って代われるような新しい良いギターを作ろうということでした。

-1984~1985-

このクラプトンモデルの製作の総指揮をとることになったのは、フェンダーのルネッサンス(再生)を実現した人物とも言われるダン・スミス(Dan Smith)氏。

ダンは、1984年から1年ほどをかけて、クラプトンのライブに足を運び、クラプトン本人や彼のマネジャーと話し合い、ギター入手の手伝いをしたり、試すものを持ち込んだりしながら、まずは良好な関係性を築くことから始めました。

1985年、ダンはクラプトンがライブのリハーサルしているとこに出向き、
“シグネチャーには”Blackie”のようなネックで、新しいギターを作りたいと考えている”
と伝えます。

それに対して、クラプトンからは意外な返答が。
“実際一番好きなネックは、小さい頃に両親からもらった1930年代製のMartinのネックで、かなりきついVシェイプなんだ”
と答えたそうです。
ダンも1930年代のMartinの持つ独特なVシェイプネックには覚えがあったそうで、この時からMartinのネックとBlackieのネックが、クラプトンモデル製作へのスターティングポイントとなります。

その時の話し合いには当時販売していたStratocaster Eliteを持っていっており、それをクラプトンに試してもらうことに。
そのギターに搭載されていたアクティブ回路(とくにミッドブースト)をとても気に入って、現在のモデルにもまだ搭載されている回路の原型となり、クラプトンモデルの大きな特徴の一つとなります。

少し話が逸れますが、本人愛用の”Blackie”の引退は1985年。
オリジナルのネックは引き込まれすぎて、演奏困難な状況になってしまったそうです。
ジョン・カラザース(John Curathers)が自身の作ったネックのコピーを作る機械で、このネックのクローンを製作し、ネックを挿げ替えて使ったことなんかあったようです。
クローンネックは、弾きこまれたことで削られたりしているであろう部分を修正した状態を想定して作られたようです。(つまりネックの新品時の状態をイメージして)

1985年に新任としてフェンダーに入社したばかりのジョージ・ブランダ(Geroge Blanda)もこのプロジェクトに参加します。
そして、試作品として数本のネックが製作されました。
Martinに近づけたシャープなVシェイプ ~ Blackieに近づけたソフトVシェイプ。

クラプトンに選んでもらうために、このネック達をダンはロンドンへ持って行きます。
(ここではHank Marvinの受賞パーティーがメインの目的だったそうです)
詳しくはこちら
https://www.niconico-guitars.com/html/blog/staffblog/who-is-george-blanda-2/

ここで、クラプトンはもっともシャープなVシェイプ(Martinスタイル)を選びました。

ちなみにその時のことをジェフ・ベックと話しており、クラプトンがボディなしにネックだけ握って選べていることにたいそう驚いていたそうです。

~続く~

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