Who is George Blanda? ~レジェンドと称されるビルダー~5

第4回はこちら
https://www.niconico-guitars.com/html/blog/staffblog/who-is-george-blanda-4/

さていよいよ最終回となりました。

-SRV’s Number One -スティーヴィー・レイ・ヴォーン-

2003年8月、ジョージとマイクはジミー・ヴォーンの待つテキサス州オースティンへ。

ジミーの所有する“Number One”の計測を行うため。(’59とよく言われていたが、実際は’63ボディ&’62ネック)
ピックアップの抵抗値、コイルのテンションなど細部に渡り採寸することはもちろんですが、もっとも難しかったのはダメージ部分を記録することだったそうで、文面や写真での記録に加えて、ビデオでの撮影も相当にしたようです。

そうした記録の全てが、マスタービルダーに昇格したジョン・クルーズ(John Cruz)に渡されることになりました。
ジョンはその時点で、“Muddy Water Telecaster”“Rory Gallagher Stratocaster”を経験しており、ヘヴィーなレリックに関して正に適任として任されることに。
ジョン本人も自身のキャリアのハイライトとなったプロジェクトだったと振り返っています。

2004年には50周年記念に製作された1954年モデルは、カスタムショップとR&D部門が協力して企画されたもので、当時マスタービルダーに昇格したばかりのクリス・フレミングとジョージによりデザインや製作が行われています。

これまで多くのUSAラインのデザインやシグネチャーモデルなどに関わってきたジョージですが、もちろん自身のオリジナルデザインのギターも存在しています。

1992年に“Rocketcaster”と名付けられたモデルがジョージにより製作されました。

ジャズマスターをベースにしたギターで、50年代のクラシックカーにインスパイアされたデザインとなっており、ピンク/ホワイト/ブラックのボディに1958年製の車から摘出したシガーライターをノブに使用しています。

このギターは、一般的に売り出されたものではありませんが、アートギターの先駆的なギターとして、 その後に続くビルダーたちに大きな影響を与えたそうです。

これまで紹介してきたモデルたちの他にも、数多くのギターに関わってきたジョージ。
まさに現代のフェンダー再興を支える礎となった最重要人物の一人です。
“ジョージ・ブランダって誰?”などとは、とても言えませんね。

30年以上にわたってフェンダーに在籍したジョージは、2020年までフェンダーのChief Design Engineerを務めるとともに、カスタムショップの研究開発部門の指導役を任されていましましたが、とうとう2020年に惜しまれつつも退社することになりました。

その間、じつに5人ものCEOの元で働き続けたこととなりました。

フェンダー社にとってかけがえのない、まさに“レジェンド”な存在だったのでしょう。

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