002『Over there』オルゴール
002 『Over there』オルゴール
2008年の春先だから、もう7年も前の事になる。
ちょうど今と同じように暖かくなってきた頃、
冨士夫はオルゴールを作りたがっていた。
「良いアイデアだと思わない?」って聞くから
「いいかも…」って応えたけど、
だけど、何でまた、オルゴール?
よく理解しないままにカラ返事をして
やり過ごしていた。
その頃の冨士夫は
少しだけ身体の具合が良くなってきた頃。
介護ベッドから上体だけ起こせただけで
「動けるようになってきたね」って、
喜んでるような時期だった。
だから何かしら次に繋げたかったのかも知れない。
オルゴール作りがどうっていうより、
冨士夫のやる気が嬉しい時だったような気がする。
そんなある日、
「最近、こんなの聴いてるんだ」って、
冨士夫がラジカセを持って来た。
テープをかけ、「どう?」って
覗き込むようにこちらのリアクションを待っているのがわかる。
流れてきたのは『アトモスフィア』の時のアウトテイクだった。
随分と前のことなので忘れていたけれど
改めて聴いてみると、なんだか妙に懐かしかった。
「面白いネ」って言うニュアンスを伝えると
『だろっ!』って、
ドングリ眼がよりいっそう大きくなった。
「これが、今の俺にできる仕事」
とか言って数本のテープをかけている。
“仕事”というニュアンスが思いがけなかった。
「だったらCDにしちゃおうか」と言うと
「早くやろうゼ!」って、感じ。
「なんだか調子が戻って来たね」
エミリも笑ってた。
『アトモスフィア』のアウトテイクは数十本もある。
それを冨士夫は丹念に聴いて選り分けた。
介護ベッドの横にカセットを置き、解説をする。
「ビートルズのホワイトアルバム、アレをやってみたかったんだよ」
とか言いながら…。
つまり、思いつくままにセッションをして、
その中から生まれる音を録りたかったらしい。
時折、当時のエピソードも交えた。
「あんなドラムを叩く奴はいないよ」
と冨士夫はしみじみと言った。
大口さん(※1 大口広司)の事である。
「上手い下手じゃないんだよね」……っと。
「毎日、バーボンを呑んでたよね」と言うと
「ワイルドターキーだよ。私、毎日買ってったもん!」
と、エミリー。
とにかく大口さんはよく呑んだ。
スタジオへは、ヴィンテージの立て目ライト
黒塗りベンツを運転して来ていたのだが、
帰る時はいつもベロンベロン。
トレードマークのハットを深めにかぶり、
「じゃあな!」っと、顔を隠すように去って行く。
ある深夜、「じゃあ!」っと、
さっき別れたばかりの大口さんから家に電話があった。
こちらも帰ったばかりだ。
「歩いて帰って来たよ」と言う。
「あれっ?クルマはどうしたんですか?」
「芝浦通りの高速の下にあるよ、柱にぶつかって大破してるけどな」と。
飲酒運転はまずいのでクルマを捨てて帰ったのだと。
結局、事故車の移動手配をして事無きを(?)得たが、
翌日、どこで手配したのか、
グレーのBMWに乗って何食わぬ顔で現れた。
冨士夫とは違うタイプの破天荒である。
「きっかけは、加部さん(※2 加部正義)だよね」
『アトモスフィア』をやるきっかけを、冨士夫に確かめてみた。
冨士夫曰く、
「マーちゃん(加部正義)が
『冨士夫のバンド(TEARDROPS)みたいな事を、
オレもやりたいな』
って言うからさ、セッションを始めたんだ」と。
それを聞いて思い出した…
最初はChar(竹中尚人)が間に入って、
ギターを弾きたい加部さんのために
ベースを弾いたりしていた。
セッションのためのスタジオまで手配してくれたりして、
随分とお世話になったんだ。
「憧れのグループサウンズの二人のためだから…」
みたいな事を言ってたような気がするけど…
いい人だ…Charも。
レコーディング中、冨士夫が珍しく
「ヴォーカルだけを先に録りたい」
と言ったことがある。
ノートにある詩を即興で歌にしたかったのだ。
それを察した篠原さん(※3 篠原信彦)が
歌に合わせるようにピアノを弾いた。
意外と最後まで上手くいって
曲終わりに「なんちゃって…」っと、
冨士夫が照れていたのを憶えている。
だけど、その曲は【アトモスフィア】には入れなかった。
「これ、良かったよね」
その曲が今回のアウトテイク・カセットの中にあった。
「曲名は?」
決まってなかったので、冨士夫に聞いてみた。
「“オルゴール”がいい」
「えっ!?オルゴール?」
思わず聞き返した。
「そんな優しい響きだろ?」
冨士夫は笑っている。
随分と『“オルゴール”にこだわってるな』って思った。
そんなにもオルゴールを作りたいのだろうか?
その理由が後日判明する…。
6月のある晴れた日曜。
吉田くん(※4 吉田博)がお見舞いに来た。
「フジオ!温泉にでも行こうゼ!」
とか言いながらドカドカ現れる。
温泉と言っても、
近くにある地域センターなのだが
食堂も休憩室もある、冨士夫・お気に入りの場所。
身体の痛い冨士夫にとっては
至福の瞬間がある大事なところ。
湯に浸かりながら目を閉じると、
湯の音や桶の音に混じって
湯気の音までが聞こえて来るような気分だ。
今まで気がつかなかったが
湯気の向こうで微かに音楽が流れている。
『ホントに小さくBGMを流しているのだな』
と、思った。
よく聴くと、この音は…
横で湯に浸かっている冨士夫に聞いた
「もしかして、このBGM、オルゴール?」
冨士夫は頭に載せたタオルで顔を拭いながら
「この瞬間を作りたいと思わない?」
って小さく笑った…。
(2008年/春)
※1 大口広司/ グループサウンズ【テンプターズ】のドラマー。【PYG】【ウオッカコリンズ】【DONJUAN R&R BAND】でドラムを叩いた後、ファッション・デザイナーとなる。【アトモスフィア】に参加する頃は音楽を再開していた。2009年死去、58歳没。
※2 加部正義/ グループサウンズ【ゴールデンカップス】のベース。Char(竹中尚人)・ジョニー吉長と共に活動した【ピンククラウド】は有名。後に【ウオッカコリンズ】【ぞくぞくかぞく】などマイペースな活動を続けている。
※3 篠原信彦/ グループサウンズ【ザ・パプニングス・フォー】、【フラワー・トラベリン・バンド】のサポートメンバー。アレンジャーとしても幅広く活躍、代表曲ではアリスの“遠くで汽笛を聞きながら”などがある。2009年からは【テレビ朝日/世界の街道を行く】のテーマ曲を手がけている。
※4 吉田博/ 冨士夫の幼なじみ。グループサウンズ【ザ・ダイナマイツ】のベース。【ザ・ダイナマイツ】解散後、長い間交流がなかったが、冨士夫が体調を崩したあたりから何かと面倒を見てくれる、本当にいい人。