003『マリファナ拝見致します』ノックアウト・シャットアウト
003 『マリファナ拝見致します』ノックアウト・シャットアウト
「マリファナ拝見致します!」
いきなり後方から聞き慣れた声がした。
『ギョ!』っと思い、振り返ると
冨士夫がドアの前で仁王立ちになっている。
「ヤベエ!冨士夫だ!」
とたんに、横に座ってる佐瀬が
前かがみになるもんだから、
こっちもつられて身体を折った。
「なんで、あんなになってんの?」
「知らねえよ!」
冨士夫さん、完全にラリッていらっしゃる…。
ついさっきまで“普通の人”だったのに。
ツアーの時の新幹線移動は自由席にしていた。
“シーナ&ロケッツ”のマネージャーだったNさんは
「指定席でみんな一緒の行動を」と提唱していたが、
TEARDROPSには当てはまらない。
これから仕事に向かう“行き”はともかく
終わった後の“帰り”は自由である。
『だから見てみろ、その甘さがこの始末だ』
と言わんばかりの状況…。
冨士夫は、あろうことか
「マリファナお持ちですか?拝見致します」
と、車掌のように順番に席を回っている。
「おい、トシ、ヤバいんじゃねえの?」と佐瀬。
「大丈夫!今はなんにも持ってないはずだから」
って、そんなコトじゃないか!?
なんて思いながら思わず席を立つと、
「あら〜っ!?そこにおわすのは、
マネージャーのカ○ヤさんじゃ〜
おまへんか〜っ!?」
ステージばりの大声を上げた冨士夫。
「冨士夫!ビッフェ行こう!ビール、ビール!」
他に案はない。
「あんッ!?」
すぐに冨士夫の表情がゆるんだ。
すかさず「行くよ!」って。
と言うと、素直について来た。
その後ろから、デカイ佐瀬が
小さくついて来るのも見えた。
その時だ!
「頑張ってください、冨士夫さん!」
どこからか、声がかかった。
数少ないファンが居合わせたのだ。
しかも、最悪のタイミングで…。
「だれだア!いま言ったのワ!」
冨士夫が吠えた!
車内は水を打ったように音が消えた。
車輛中ほどから手があがる…。
そこに向き直る大魔神、いや、冨士夫。
「お前かあ!」と怒鳴ったが、
しかし、ひと呼吸あり
人が変わったかのように
「がんばるよ!」と、応えた。
ホッと広がる安堵の空気。
ざわめきと少しの笑い声。
なかには拍手をしている人もいる。
僕らは思わずお辞儀をして
その場を後にした。
ビッフェはいっぱいだった。
でも、よく見ると右奥のテーブルが空いていて、
そこにウェイターが立っているのが見えた。
ズンズン進む。
ウェイターがけげんそうな顔をしてこちらを見てる。
この雰囲気は知っている。
きっと右奥のテーブルを使用できない理由があるのだ。
もしくは、理由はたった今、
ウェイターの頭の中に派生している。
「あのう…お客様」と、ウェイターが
お声がけをして来たときには
僕らはもう腰掛けていた。
「わるいけど、ここにある酒、ぜ〜んぶ、持って来て!」
と言う冨士夫の台詞に
“ギョッ”っとするかのように
ビッフェに居る客、全員がこちらを見た。
そしてすぐに、全員が目をそらした。
「とりあえず、ビール2本ください」
と、冨士夫のオーダーに上書きした。
「何言ってんだよ、トシ!××××××××」
と、冨士夫は何かを騒いでいたが
この時点では、もう聞く耳は無い。
「青ちゃんたち呼んで来るから、先にやってて」
そう言ってビッフェを出て行く後ろで
「早くな〜!」
冨士夫の声がした。
青ちゃんとカズは別の車輛にいた。
きっと冨士夫も最初はここにいたのだろう。
青ちゃんに事のいきさつを話すと
「わかった!ビッフェに行って来るわ」
っと、一言。
「冨士夫は何でラリッてる?」と聞くと
「ダウナー(睡眠薬)だろ!?」っと言う。
「ダウナーで、そこまでなる?」
というこちらの問いに
「なるんだよ!冨士夫は!」
っと、肩で風切って車両を出て行った。
その後をカズが「オレも!」と追って行く。
これで一安心だ。
持つべきは“青ちゃん”。
“ハブにマングース”。
“冨士夫には青ちゃん”である。
しばし、青ちゃんたちが座っていた
シートでゆったりしていた。
やっと自由席で自由になれた気分…。
…そう思ったら寝てしまったらしい。
気がつくと三島を過ぎるあたりだ。
“喉が渇いた、ビールでも呑もう”
ビッフェに行ってみることにした。
ビッフェの手前の通路まで来ると
みんなの笑い声がした。
“随分と派手にやってんな”
と思いながら入ると、
あろうことか、貸し切り状態。
あんなに居た客が誰もいなくなっていた。
右奥のテーブルは左奥まで浸食し、
その横でウェイターの他に
二人ばかりユニホームを
着た従業員が立っている。
青ざめているのか、
紅潮しているのか、よくわからないが
一目で困った顔色に見える。
ここは早々に退散したほうがいいな。
もう手遅れだとは思うが。
「トシだ〜!」誰かが叫んだ。
ウェイターがそれに気づき
急いでこちらに来るのが見える。
「すみません!すぐ出ます、お会計を」
そう言った、そうするしかない。
「2万4千円になります」
なが〜いレシートを示しながら
ウェイターが言った。
“えっ!? 1時間で?”
と思ったがありえないことではない。
会計とはオーダーした料金なのだから…。
テーブルの上には、
これから大阪まで折り返しても余りある
御馳走が転がっていた。
「もう出ようぜ!かったるいや」
青ちゃんの大声が耳に入ったので、
そちらを見ると、
大口開けて笑う青ちゃんの横で
さめたのか、
すっかり大人しくなってる冨士夫が
こちらを見て言った
「青木さん、酔い過ぎです」
…偶然だと思うが、
次のツアーに出たときには、
東海道新幹線のビッフェは廃止されていた。
(1989年/春)
※もし、この日・このシーンに出くわした人がおりましたら御一報下さい。