045『続・谷間のうた』泉谷しげる/忌野清志郎/ ザ・タイマーズ
「『谷間のうた』って、
泉谷しげるにあげるつもりだったんじゃねぇか?」
ある時、突然に冨士夫が言いだした。
「何の話? なに言ってんの?」
当然、そう切り返す。
「だってさ、『谷間のうた〜不思議な泉』だろ?
歌い出しが ♪谷間にしげる♪ じゃない。
そこだけで“泉谷しげる”が総て入ってるんだよ」
“ なるほど ”……である。
である……が、何でそんなとこにはまったのか?
確かに清志郎と泉谷さんは仲が良い。
冨士夫が、RCサクセションの『COVERS』に参加したら、
間髪入れずに、泉谷さんの『セルフ・カバーズ』への
ゲスト参加の打診がきた。
まぁ、大きな仲間意識としては、
3人とも、70年代の少し熱めの湯船で、
つかの間の鋭気を養った仲だ。
もっとも、ジャンルが違ったぶん、
冨士夫は2人とは会えなかったのだが、
それでも、3人の意識はどこかで通じている。
と、僕は勝手に解釈していた。
「清志郎のことだから、
最初は泉谷に歌わせようと思って作ってたんだよ。
そこに、横から俺が現れたってわけ。
ん? コイツに演らせたほうが面白いかも?
そう思ったんじゃねぇかな?」
って言われても困る。
「清志郎に聞いてみたらいいんじゃない?」
と、言うと、
「ンなこと聞けるかよ」
と言う始末。
まぁ、実際のところはどうなのだろう?
今さら、2人に聞く術もない。
こんな風に、冨士夫の深読みに付き合っていると、
世の中は謎だらけだ。
ついには、地球の地軸までもがずれているので、
世界はおかしな状態のまま回転しているのだと、
冨士夫がカブリを振った。
「それじゃ、カラダを少し傾けて生きるか」
そう言うと、
「そーゆー意味じゃねぇよ」
と、怒るのである。
妙に真面目なのだ。
軽口を叩いてはイケナイのである。
泉谷さんからのご注文で、
冨士夫をスタジオまで届けたときもそうだった。
さっきも言ったように、
『セルフカバーズ』のレコーディングだったのだが、
行ってみると、スタジオにひとり、
それもポツンと、泉谷さんがたたずんでいた。
それは、たまたまだったようだ。
たまたま、ひとりだったのである。
そのタイミングに、僕らが現れたってわけ。
だから、とたんに、泉谷さんが恐縮した様子に見えた。
「…あっ、あの、本日は…、わざわざ出向いていただいて、
あの、それなのに、誰もいなくて…、
とにかく、まことに…、あっ、ありがとうございます」
みたいな感じ。
とにかく、馬鹿丁寧に低姿勢な挨拶をされた。
「あっ、いや、こちらこそ、ふじお です」
突然の緊張感だったら、冨士夫も負けてはいない。
しばらくこの2人、
どちらがより低くまで腰を折れるのか、
低姿勢合戦をしていたのだが、
ハッと、気づいたように泉谷さんが言った。
「あの、俺のイメージなんですが、
強面っていうか、怒ってるっていうか、
世間ではそんな売りなんで、
そこんとこ、よろしくお願いします」
と、また頭を下げる。
それに対して、
「わかります、俺もそうなんで」
と、応える冨士夫。
もはや二人には、妙な連帯感が
生まれつつあるみたいだった。
そのうち、チャボさん(中井戸麗市)が現れ、
下山淳さんが現れ、清志郎がいつの間にかに居て、
バンド・マネージャーの坂田さんが
でっかいピザを差し入れするころには、
「いょっ!村八分!」
なんて、かけ声をかけられ、
冨士夫はすっかり、皆にいじられていた。
さすがに、ここまで冨士夫をいじれるのは
この人たちしかいないだろう。
しかも、本人にとっても愉しそうなのだ。
まるで魔法にでもかけられたみたいに
くるくるとギターをかき鳴らす冨士夫。
なかでも面白かったのは、
間違って弾いてしまったパートを
「そこの部分だけ録り直させてくれ」
と頼んだところ、
「その間違ったところがまた、カッコいいんだ」
って泉谷さんが誉め、
周りの皆も「そうだ、カッコイイ」
なんてはやし立てるもんだから、
本人も「そうかぁ〜」なんてことになり、
結局、そのまま録り直さなかったギターパートがあること。
これについては、ずっと言っていた。
確かに荒削りでカッコイイんだけど、
ある意味、冨士夫は完璧主義のところがあるので、
ことあるごとに思い出していたのだ。
それでも、『土曜の夜君と帰る』は、
冨士夫の大のお気に入り。
気持ち良さそうにギターを弾いていたのを思い出す。
ところで、『谷間のうた』に話を戻そうと思う。
歌詞が猥褻なので『FM仙台』では
放送禁止になったという。
ということは『FM東京』系列
全てが自粛するということなのだ。
ウチらは、もとからあんまりメディアで
曲がかかるほうではなかったから、
ことの重大さに揺れていなかったのだが、
作詞を担当した忌野先生、というか、
その友達の『ザ・タイマーズ』のゼリーが
某テレビ番組で大暴れして大喝采。
『TEARDROPS』も『11PM』から誘いがあり、
暴れてみたつもりだったのだが、
デニス・ホッパーがニヤつきながら
それを見て何かを言うという趣向が、
物事をよくわからなくし、茶番に終わっている。
ともかく、『TEARDROPS』の期待の星『谷間のうた』は、
あらぬ方向でスポットを浴びるカタチとなった。
しかし、肝心のスライ&ロビーの話が
どこにも出てこない。
そこんとこに付けて、ゼリーが呼びに来た。
一緒にアジテートに行かないか、と言うのだ。
そんなわけで、その年の大学祭の構図は、
『TEARDROPS』と『ザ・タイマーズ』との
ジョイントが定番となったのである。
「いやぁ、まったくオカシなことになっちまったな…」
僕らは世の中の不可思議を想いつつ空を見上げた。
すると、空に浮かぶ雲の彼方から声がした。
最初はよく聞きとれなかったのだけれど、
次第にだんだんとその声が寄ってくる。
「ジャマイカに行かな〜い」
最初はそんな風に聞こえた。
天の声か? 誰が呼びかけてるんだべ?
「ニューヨークでもいいよ。ロスでもオッケー」
それがハッキリと聞こえてくるころになると、
季節は紅葉ににじむ頃になっていた。
目の前に現れた声の主は久保田麻琴。
麻琴さんは、例の薄いサングラスの奥で、
目だけは笑っていない独特な微笑みを浮かべて言った。
「それともロンドンにする?」
“そこはやっぱりジャマイカでしょ”
ことの発端はスライ&ロビーだ。
話の軸はずらしてはならない。
そう、物事の回転がおかしなことになってしまう。
「それじゃ、アメリカからジャマイカだね」
それに決まり。
僕らは『谷間のうた』の続きを作るために
アルバムのプランを練り始めた。
「曲はあるの?」 冨士夫に聞いてみた。
「ああ、曲ってのは、
ある日突然に天から降ってくるもんなんだ、
なっ、青ちゃん!」
なんて、青ちゃんを見る。
アッチの方向を向いて
ぼんやりとしていた青ちゃんが、
コチラに向き直ると、滑るように言った。
「心配いらないよ、トシ。
そういうことは俺たちに任せておいてくれ」って。
1989年の秋、『TEARDROPS』は、
“谷間に咲いてる花”を摘むために
アメリカからジャマイカに行こうと考え始めた。
綺麗な花が咲くらしい……。
そう、僕らは、まさしく、
不思議な泉を想い描いていたのだ。
(1989年春〜秋)
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