047『レコード・プラント・スタジオ/PINK CLOUD『PLANT BLEND』ヒッチハイク
「ふ~ん、そ~ゆ~ことだったのかぁ…」
そう思うことは、日常的によくある。
それは、今ではもうまったく忘れちまっていることなのか、
はたまた、はなっから把握していなかったことだったのか…、
そのどちらかだ。
エミリから当時の話を聞いてみて改めて思った。
「ふ~ん、そ~ゆ~ことだったのかぁ…」って。
エミリが、はるかアメリカくんだりまで
『ストーンズ』を観に行ったのは憶えている。
1989年の10月あたりだったと思う。
こともあろうに、実に8年振りの
『ローリング・ストーンズ』アメリカ・ツアーに駆け込んだのだ。
「冨士夫に「行っていい?」って聞いたらさぁ、
「ストーンズだろ、もちろんだよ」って言うのよ」
と、回想するエミリ。
機嫌が良いときの冨士夫は
「もちろんだよ」が口ぐせなのだ。
何でもかんでも「もちろんだよ」を連発する。
「ツアーの合間に取材を入れてもいい?」
「もちろんだよ」
「今度のライヴ、ワンマンじゃないんだけど、大丈夫?」
「もちろんだよ」
一緒にしこたま酒飲んで、
「ここは、僕がおごるよ」と、言ったときも、
「もちろんだよ」と澄まし顔で言うのだ。
確かにあの頃は、格別に忙しかった。
「もちろんだよ」って、
毎日を機嫌良く過ごさなきゃならないほど、
『TEARDROPS』は仕事をこなしていたのだ。
そんなときの『ストーンズ観戦ツアー』である。
冨士夫も行きたかったのだろうが、
残念ながらエミリに付き合える時間は、
どこにも見あたらなかった。
「エミリ、どーせ行くんだったら、
レコーディング・スタジオも見つけてきてくれよ」
そう言う冨士夫に、
「わかった~」
って、相づちを打つ感じ。
そんな調子で、エミリは飛び立って行った気がする。
なんだかお気軽な時代である。
よこちょの茶店でだんごを買いに行くついでに
たばこ屋も見つけてくるのとはわけが違うのだ。
だけど、深く考えたって仕方がない。
常識はずれの人間は、
ときおり、思わぬプレーで
観客を魅了するものなのかも知れない。
「ロスに行ったらさぁ、タクシーの運ちゃんが
『ストーンズ』のチケットを
100ドルで買わないかって言ってきたんだ」
ロスについてからの、さっそく話である。
もちろん、別の日の35ドルのチケットも持っていたのだが、
運ちゃんを信じてこのチケットも購入したらしい。
すると、「なんと、大当たりだったの」
とか言って、エミリが笑う。
それも、生音が聴こえるくらいの
前列のチケットだったとか。
野外ステージに、頭の中が抑揚するような
様々な気持ちの良いシチュエーション。
翌年の東京ドームの『ストーンズ』なんかとは
比べようもない快楽と感激がロスにはあったという。
さて、ここで、もうひとりのプレーヤーを紹介しよう。
『TEARDROPS』チームの左のローディ、
通称『ダボ(長谷川俊通)』である。
『TEARDROPS』チームには左右二人のローディがいた。
右のローディはオージ(渡邊大二)、ギタリストである。
そして、左のローディがダボ、ドラマーなのだった。
なぜ左なのかというと、こやつ、
右利きのくせして、何でも左でこなした。
左を使うことで刻むリズムを強化するのだと言う。
同じことを大口(ひろし)さんも言っていた。
ドラマーって大変なポジションなんだな、
ってつくづくと思ったものだ。
そういえば、ダボは大口さんの手伝いもしてくれていたっけ。
その説は大変だったね、お疲れさま、感謝してます。
そのダボも、このときの『ストーンズ』ツアーに参加していたのだ。
もちろんプライベートである。
しかも、エミリとは別のパターンであった。
そんなダボからエミリの滞在先に連絡がくる。
「ダボ、あんたも『ストーンズ』を見終わったら暇でしょ、
ちょっと手伝いなよ、ってことになったんだよね」
エミリにそう言われて、
首を横に振れる人間はそうそういない。
結局、ダボは自費でアメリカに行き、
現地でエミリの運転手としてGETされることになった。
「スタジオの候補は4つくらいあったんだけどさぁ、
まずは、『ピンク・クラウド』が推薦する
シスコのスタジオに行ったんだよね」
と言いながら遠くを見るエミリ。
「マーちゃん(加部正義)に聞いたんだっけかな?
マネージャーだったかな?」
どちらにしても、彼女はアポなしで
そのスタジオに飛び込んだのだ。
とはいうものの、そこまで導いてくれた数人の協力者もいた。
そのひとりが、当時、サンフランシスコで
『骨董品屋』を営んで成功していたシゲト(村瀬シゲト)さんだ。
シゲトさんは『村八分』の四代目のドラマーである。
と、共にカメラマンでもあり、
何といっても冨士夫よりも前にチャー坊と意識を共有した、
『村八分』誕生における核なる人物でもある。
さて、そんなシゲトさんからもスタジオの情報を得て、
シスコの サウサリートという街の中を探しまわっていた。
「教えられた目的地まで行ったんだけど、
スタジオの看板がないの。
運転しているダボが“デカイ公衆トイレみたいなのがある ”
とか言っちゃって、その周りをグルグル廻ってみたらさ、
そこが『プラント・スタジオ』だったってわけ(笑)」
と、エミリは笑いながら言っていたが、
実際、『ザ・プラント・スタジオ・サウサリート』
に看板など必要なかったのだ。
逆に、あまりにも有名なスタジオであるため、
看板などを付けると、
物取りのかっこうのエジキになってしまうということだった。
行ってみるとよくわかる。
『プラント・スタジオ』は周りの景色に
なじむように設計されているのだ。
エントランスも木彫の地味なもので、
一見してスタジオというよりも
倉庫か事務所のようなイメージだった。
しかし、ここで数々のアーティストの
名盤が生まれたのである。
古くは、
スライ&ファミリーストーン:『暴動』(1971年)
ニューヨーク・ドールズ:『1st』(1973年)
フリートウッド・マック:『噂 』(1976年)
プリンス:『フォー・ユー』(1978年)から、
近年の、レディー・ガガ:『ザ・フェイム』(2008年)
ザ・フレイ:『ザ・フレイ』(2009年)まで、
実に多彩なアーティストが音の歴史を刻んでいる。
そうそう、そして、忘れてならないのは、
1984年の PINK CLOUD『PLANT BLEND』 (バップ)、
これがあればこそ、
『TEARDROPS』がここに行きつけたのだ。
「スタジオの入り口を入ったらさぁ、
受付に誰もいなかったんだ。
そこで部屋の中を見渡すと、
なかなかに良いスタジオじゃない。
エントランスにはゴールドだかプラチナだかの
ディスクがたくさん飾ってあるしさぁ、
スタジオの設計もしっかりしてる感じなのよ。
だから、そのうち、現れたスタッフの人に説明したんだ。
日本から来ました。
『TEARDROPS』というバンドをやってます。
まずは、そこからよね……。」
エミリがあまり得意ではない英語と、
とても得意な身振り手振りの説得力で、
日本の無名ロックバンドの説明をしているころ、
僕らは、『TEARDROPS』の学園祭ツアーを
完了しているときだった。
あとは12月中頃の『天風会館』のライヴ一本を残すのみ。
それ以外はレコーディング関係に当てられていた。
そこにエミリからの国際電話が入る。
『ザ・プラント・スタジオ・サウサリート』
がどうやら使えるらしい、…って。
今のようなネットの時代だったら、
何もかもが瞬時のうちにまとめられるのだが、
´89年当時はまず、想像力で
イメージを構築していくしかない。
スタジオの件をEMIに伝え、
正式なブッキングのやり取りを始めた。
さぁ、お次は言い出しっぺを呼んでみよう。
僕らは、はるか空を見上げて天を仰いだ。
すると、間もなく薄いサングラスの奥で
微笑み返しのような目をしながら
麻琴さん(ご存知、久保田麻琴)が現れたのだ。
その年の暮れも押し迫った12月1日、
代官山の『トンフー』で(舛添的に言うなら)、
今後の企画会議をした。
出席者は冨士夫とMディレクターと麻琴さん。
そしてワタクシと紹興酒。
その紹興酒が主役の座に上り詰めるまでは、
けっこう価値のある会話が交わされたのだと思う。
「ところで、曲はできてるの?」
シリアスな微笑みを浮かべながら、
ほんと、今さらながらに麻琴さんが聞いてくる。
「そうだな、だいぶ、天から降りて来たけどね…」
もうすぐだよ、と言わんばかりの冨士夫の返し。
紹興酒のおかげで、なごやかな会話ではあったが、
さすがに「もちろんだよ」は、出てこなかった。
Mディレクターの提案で、
それなら、まずはシングルを国内で録ってから、
来年早々にアルバム録りを
『プラント・スタジオ』で行おうということになった。
そして、紹興酒で乾杯したのだ。
今になって思うと、
このときの前後不覚になっていく景色は、
おぼろげながらに記憶のすみにある。
しかし、シスコのスタジオをブッキングした経緯などは、
この四半世紀の間に失念していたのだ。
……そう、エミリが、はるかアメリカくんだりまで
『ストーンズ』を観に行ったのは憶えている。
だが、その土産に『ザ・プラント・スタジオ・サウサリート』を
ブッキングしてくるとは……。
「ふ~ん、そ~ゆ~ことだったのかぁ…」
過ぎ去った日々には、
思いがけない『よもヤバ話』が隠れているのだ。
(1989年/秋)
PS.
ところで、そのエミリと『仲間たち』たちが主催する
8/10~12『FUJIO Birthday Party』ですが、
恐縮至極ではありますが、前売りは存在いたしません。
『Galaxy(会場)』にお問い合わせがあったようなので、
ここに明記させていただきます。
当日の入場料はすべて1ドリンク込みの料金となっております。
ですから、とりあえず一杯は飲めるということです。(なんのこっちゃ)
今年の真夏は猛暑の予報がでております。
選挙もオリンピックもありますが、
それとは関係なく、とにかく東京は暑いようです。
お身体にお気をつけください。
それでは、また…すぐにでも…。