104『新年のご挨拶』
1991年の幕が上がった。
さっそく、新年の挨拶代わりの電話を
関係各方面にしようと思って
戸惑ったのを憶えている。
局番のアタマに3が付いたのだ。
東京23区だけなのだが、
今までの3ケタが4ケタになったのである。
「なんか面倒くせぇなぁ」
たったひとつの数字なのだが、
なかなか慣れなかった。
この戸惑いはしばらく続くこととなる。
ところで、新年の一発目のライヴは
名古屋のクラブ・クアトロだった。
1月9日である。
TEARDROPSのメンバー一人ひとりに
スケジュール確認の連絡をとる。
しかし、冨士夫だけは
4ケタになった東京の局番を
意識することはなかった。
彼は逗子に引っ越していたのだ。
『エクスペリアンス』という
自身の事務所を立ち上げるべく、
独立に向かって鼻息が荒かったのである。
このたった1年前、90年の正月は、
サンフランシスコでの
レコーディングに向かって
TEARDROPSのメンバー全員が
意気揚々としていた。
それが、まるでウソのように
クールなる91年の年明け。
冨士夫の歌う『終わりのダンス』が、
妙にリアルな感覚で響き渡っていた。
「TEARDROPSは休憩します。今後は山口冨士夫がソロで活動しますので、よろしくお願いします」
ハッシー行きつけの歌舞伎町のBarで、
新年早々に2人で呑んでいた。
何かにつけて呑もうとする
このEMIの法務部長は、
ヘネシーと焼酎のボトルを
1本ずつテーブルの上に置き、
ポンッと、おでこを叩きながら
いかにも陽気そうにのたまった。
「あけましておめでとう。そんな難しい話はあとあと。まずは乾杯しようじゃない。どっち呑む?」
「あっ、焼酎で、いいです」
「そう、焼酎が、いいんだね」
「あっ、はい」
とたんにハッシーの横についた
チャイナドレスの姉さんが、
文字にしたら
全てがひらがなになるのではないかという
イントネーションで口を挟む。
「あなた、しょうちゅういいか?ヘネシーおいしいよ。ヘネシーのべばいいよ。しんねんなんだからさ、それがいいじゃん」
高いボトルを減らしたい
見え見え作戦の姉さんは、
助詞のない日本語で、
巧みに高級ぶらんでぇを注ごうとした。
「ねぇ、彼は、焼酎が呑みたいんだよ」
それを、ハッシーが静かにたしなめた。
ええぃ、もう、めんどくせぇ。
「焼酎にヘネシーを入れて、思いっきり、かき回してくれよぉ!」
と、言いたいところだが、
そこは新年早々我慢である。
今日は大切な話をしに来ているのだ。
「メイクアンシー、焼酎でお願いします」
あくまでも笑顔で、
ボトルの持ち主と、
大陸肌の売り主と、
それを呑ませていただく
ただの飲ん兵衛が、
くんづほぐれつしながら、
腹の探り合いの挙げ句に
それぞれのグラスを持ち上げた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
時は1991年、平成3年、未年である。
バブルの時期は終わったとはいえ、
世間には、まだまだ祭りの余韻が残っていた。
「ところで、さき程の話だけど、再契約はしないのかぃ?」
TEARDROPSとEMIとの3年契約が
この年の秋に切れるのである。
「はい、4月をもって事務所のほうも自宅に移そうと思って」
「バンドは?解散するの?」
「いや、休止ってことに。まぁ、一応、そうなってます」
「冨士夫は?」
「ソロでやりたいと言うので、引き続きEMIでお願いしたいのですが」
冨士夫のマネージメントは
某会計士がやることになっていた。
冨士夫とその会計士が、
どこでどう知り合ったのか、
皆目わからなかった。
コッチとしては、
突然に薮から出て来て、
棒で突かれた恰好なのだ。
「痛ぇな、何するんだよぅ!ってゆーより、あんた、誰?」
「貴方では駄目なんです。私が山口さんのマネージメントをやります」
ビシッとしたスタイルで、
見知らぬ真面目そーな男が
突然に目の前を立ちふさぐ。
にわかには信じられない展開だった。
いったいどうなっているんだ?
冨士夫は?エミリは?
あわてて振り向くと、
腕組みをしながら
その会計士とヒソヒソと
やっているではないか。
「それで、その人が冨士夫の次の契約に立ち合うのかい?」
ハッシーが、いつの間にか
自分だけヘネシーを呑みながら訊いてくる。
「そのはずです。今のところは……ですが」
「それで、いいの?」
「正直、まだ頭が混乱しているんですが、いいと思うんです。新しい展開で」
「まっ、いーか。よくわからんけど。呑もう、呑もう」
「はい、それじゃ、ヘネシーを」
僕はチャイナドレスを着た姉さんの、
細く割れたスリットめがけて
グラスを滑らせるのだった。
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こうして91年が始まった。
27年前の正月のことである。
結果的にはこの年が、
TEARDROPSにとっての
最後の年となった。
メンバー全員にとっても、
明らかに人生の
分岐点になるのだろう。
それぞれが個々の立場で、
この局面に立ち向かっていたのだと想う。
同じ景色の中に居ても、
何処を見て何を想っていたのか、
それを想像することは計り知れない。
さて、2018年のよもヤバ話。
このように、展開的には
TEARDROPSの終章から
入って行こうと思う。
「良いときも、悪いときも、結局は同じことなんだって気がついたんだ」
って、いつも言っていた
伊藤耕の哲学を想い浮かべながら、
人間味あふれる心情を
少しでも表してみたい。
何故、冨士夫は船頭を降りるのか?
同じ船に乗って
何処までも一緒に行く
運命共同体じゃなかったんかぃ?
何故、青ちゃんは音楽を止めるのか?
思い切りが良いにも
ほどがあるんじゃないんかぃ?
突然に起業していく、
野田元首相と同じ高校の
ビッグビート佐瀬浩平や、
原点に立って、
またハコバンからやり直す
カズの今後はいかに。
なんちゃって、
そう大層な事はないのだろうが、
人間関係っていうものは、
いつの時にも実に難しいのだ。
特に未来を見据えたとき、
自分が何者か意識するとき、
たった今の自身の存在感を
過剰に主張したりするのかも知れない。
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あらためまして、
あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願い致します。
(1991年〜今)