120『ロックな誕生日/69』

8月10日は冨士夫の誕生日だった。

あの突然のアクシデントがなければ、
69歳になる記念すべき年である。
あれだけロックに生きたんだから、
ガツ〜ンっと『69ロック』と、
イきたいところだっただろう。

そう想うと、実に残念だ。

冨士夫と出会った初めての夏、

「今日はオイラの誕生日なんだ」

と聞いて由比ケ浜まで、
みんなして出向いたのを憶えている。
(まぁ、誕生日でなくても行ったのだろうが)

´81年8月10日の日曜日は、
雲ひとつない青空で、
気温も32度近くまで上がり、
僕らは例のごとく由比ケ浜で、
家族と共に遊ぶことにしたのだ。

その時、
2歳になる娘は大はしゃぎだった。
海の家の前の砂浜で
大きなフライドチキンを食べながら、
クルクルと廻っていたのを憶えている。

その瞬間だった、
上空から一羽のトンビが
急降下してきて、
まるでマンガのように
彼女のチキンを
かっさらって行ったのだ。

僕らは唖然とした。
急ぎ上空に目をやると、
はるか上の空間を
数羽のトンビが
獲物を探すごとく輪を描いていた。

再び彼女に目を移すと、
べそをかく寸前の状態である。
そこに笑いながら
冨士夫とエミリが駆け寄った。
娘が泣くよりも先に2人は、
彼女を海の家へと連れて行き、
別のチキンを買ってあげていたのだ。

その光景が今も胸に残っている。
遠い記憶の中の幻みたいに。

そんなことがあったからではないが、
早々に家に戻ろうということになった。
日が傾くと鎌倉の道路は
大渋滞になるからである。

北鎌倉の家に帰ると、
隣り住んでいるカップルが
ヒョイっと、遊びにきた。

「冨士夫の誕生日だって!?」

カップルの彼氏のほう、
口髭をたくわえた池●くんが
ヒョイっと縁側から
犬のように顔を出し、
何やらからかうような仕草で
訊いて来たのだ。

その池●くん、
冨士夫とは同い年である。
芸大出の芸術家で、
新宿にある芸大予備校の
講師を食いぶちとしていた。

「あん!? 誕生日?俺の?ほーだけどぉ」

それを背中で受け流す冨士夫。
どうもこの二人は
反りが合わないらしい。
会うと喧嘩ばかりしているのだ。

つい先日もこんな事があった。

そのときは、
西ドイツくんだりまで
芸術活動に出向いた池●くんが、
その成果を発表するという
記念すべき夜会だった。

スライド映写機を使って
旅の報告をするのだが、
予備校の講師を生業としているので、
そこかしこに先生っぽさが滲み出る。

そこからして冨士夫は気に入らない。
ハナっから斜に構えているのである。

さて、いよいよスライドが始まり、
僕らはみんな、
お隣りの家の池●くんの部屋で、
映写機から映し出される
西ドイツ最新の景色を眺めていた。

「西ドイツではさぁ、主婦でさえも芸術に理解があるんだよ」

という池●解説付きで
映し出された画像には、
ミュンヘン市役所の前に
等間隔で置かれた
大きな石が映し出されている。

確かにその石の前で
何やら話し込んでいるらしい
数人のドイツ人おばちゃんの画像も
スライドに出てくるのだが、

「コレッて、たまたま石の前で、ドイツのババアたちが世間話をしているだけじゃねぇの?絶対そうに決まってるべ」

そう言って鼻を鳴らす
意地悪そうな冨士夫の感想に、
一同がドッと沸いた。

それでも池●先生は動じない。

「そんなだから日本人の芸術性は低いって言われるんだよ。西ドイツでは、日常的に芸術が存在しているんだ」

池●くんは、
いったん、冨士夫をスルーした。
次元が違うとでも言いたげである。

相手にされなかった冨士夫は、
僕の耳元で舌打ち混じりに呟く。

「大丈夫か、あいつ!? 芸大の奴らって日常的にどーかしてんのか!?」

ココで笑ってはいけない。
ココで笑ってしまったら
全て、終了になるのである。

その間もスライドは続き、
ミュンヘンの街の風景や
様々なオブジェなどが、
池●解説と共に映し出されていく。

そして、いよいよ今回の旅の
核心となる1枚の森の中の写真で、
全てが止まった。

そこには、
森の中にある1本の木と、
黄色い椅子が映し出されていた。
そして、その木と椅子は、
1本の黄色いロープで
結ばれているのである。

その瞬間、突然に
辺りの音が無くなった。
っと、思ったが、
池●くんが喋るのをやめただけだった。

“どうしよう?何か感想を言うべきだろうか?”

場の空気が一瞬固まった。

スライドショーの流れからして、
この写真こそが
池●くんの作品である
ことは明らかだった。
コレを制作するために、
先生は西ドイツくんだりまで
行って来たのである。

もう一度よく見てみよう。
木作りの椅子が黄色く塗ってある。
その背もたれに
黄色く塗ったロープが結びつけられ、
後ろに立つする太い木の腹に
つなげられている。

それだけである。
何をどう見ても、
実に、それだけなのだ。

その凍るような緊張感を崩したのは、
やはり冨士夫の凍るようなひと言だった。

「あんだょ、コレぇ? ドイツのババアも見れねぇぞ!」

若干の間の後、
パッと部屋の灯りがついた。
とたんに池●先生は
冨士夫に殴りかかっていったのだ。

想定内の行動だったので、
ドタバタとソレを取り押さえる。
このときはまだビギナーだったので、
少しぎこちなかったのだが、
そのうち僕は、
取り押さえのスペシャリストに
なっていくのである。

嫌いだったら関わらなきゃいいのに、
この2人は何かとお互いに
ちょっかいを出したがる。

犬とネコ、
ネコとネズミ、
ヘビとマングース、
サルと蟹、
ウサギとカメ、
アリとキリギリス、

どーも、たとえが違ってきたので、
話を元に戻すと、
口髭をたくわえた犬顔の池●くんが、
猿気質の冨士夫の誕生日を
確かめに来たところだった。

「なぁ、冨士夫、誕生日なんだろ?おめでとう!」

冨士夫は知らんぷりして、
ウォークマンを聴いている。

冨士夫が普段聴いているのは、
ブルースか村八分しかない。
その2つを繰り返し繰り返し、
飽きもせずに永遠に聴いているのだ。

ヘッドホンから漏れる音で、
いま聴いているのは村八分だとわかった。

それが池●くんにも聴こえたのだろう。
かまってもらえない腹いせに、
とんでもない神へのボウトクを口にした。

「村八分のヴォーカルは音痴だよな。音も良くないしさ」

「なんだとぉ!」

とたんに、冨士夫はヘッドホンを
かなぐり捨てて、
縁側に向かって突進してきた。

それを見て、
満足そうに庭から逃げて行く
犬のよーな池●くん。
きゃんきゃん言いながら、
「とにかく、誕生日おめでとー」
とまだ騒いでいた。

冨士夫は悔しそうに、
縁側の出窓から
猿のように真っ赤になった顔を出すと、
ありったけの大声をだした。

「2度と、俺ンちに顔出すんじゃねぇぞ〜!!!」

ぞ〜!ぞ〜!ぞ〜!ぞ〜!……

その大声が裏山に響いて、
天然のエコーのように木霊する。

その後ろで、
僕は小さく呟いた。

「ココ、僕ンちなんですけど」

…………………………………………

そして、今日、
8月14日は冨士夫の命日である。

誕生日は69回目、命日は5周した。

おもてに目をやると、
今日も降るような蝉の鳴き声に
射すような日差しが重なり、
気が遠くなるような
夏の盛りを感じるのだ。

いっそのこと、
炎天下の中を汗だくで走り、
浴びるほどに酒を呑み、
ワケも無く街を彷徨ってみようか。

そう妄想しながら、
エアコンを強風に切り替え、
冷蔵庫から健康に良い
ヨーグルトを出して、
少しだけ蜂蜜を多く垂らした。

非現実と現実とが
交差する時が愉しいのだ。
次のタイミングは
いつかはわからないけど、
何かと企ててみようと想っている。

そんなコト言いながら、
お盆をぼおっと暮らしております。

どなた様も酷暑に気をつけて、
くれぐれも安全にお過ごしください。

冨士夫をご存知の方も
そうでない方も
今日は一度、
想い浮かべていただけると幸いです。

合掌

なのです。

(1981年鎌倉)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Follow me!