122『石神井公園』空と雲 / 四人囃子&スモーキー・メディスン
季節が変わろうとしている。
ザワザワとした公園の木々から
神社の参道に吹き下ろす風も、
なんだか冷たく感じられるのだ。
その木漏れ日の中を
子供たちが駆け抜けて行く風景。
姿が見えなくなっても、
はしゃぎ声の残響が
辺りに吹き溜まっているかのようだ。
その夕暮れ時の参道から、
城跡のある木立を
抜けることにした。
この石神井城跡は、
室町時代の後半に栄華を誇った
豊島氏の居城と伝わっているが、
地元の中学に通ってた
ひねくれモンの身にとっては、
自然に囲まれた
ちょっとした秘密の遊び場だった。
ひんやりとした空気の中の
深く沈んだ木立は、
まさしく『四人囃子』の
『空と雲』の世界である。
此処を歩くときはいつも、
僕の中では彼らの音楽が鳴るのだった。
その城跡の背後に三宝寺を置くと
目の前に三宝寺池が広がり、
太田道灌に破れた豊島の殿様が
身を投げたとされる
伝説の祠(ほこら)がある。
「三宝寺池の祠の前にある防空壕が、オイラたちの秘密基地だったんだ。ガキの頃はあそこに陣取ってワルさをしたもんよ」
阿佐ヶ谷が地元だった冨士夫も、
不良気取りの足を此処まで伸ばして
遊んでいたらしい。
知り合って間もない頃、
地元話になったときの会話である。
「それじゃあ、その祠にある松の木にも登った?」
根が幼稚な僕は、
祠にある松の木に登って
池を見下ろすと見えるという
三つの宝のハナシをしてみた。
「それで三宝寺池だっていうんだろ、知ってるよ。木には登んねえけどな(笑)」
「そりゃあ、そうだ(笑)(…僕は登ったんだけどね)」
このハナシで随分と冨士夫に
親近感を覚えた気がする。
まだ、何を話すにも
お互いに気を遣っていたころの話だ。
想えば、子供のころから
たった今に至るまで、
ずっとこの公園に接して暮らしている。
それどころか、
こうして木漏れ日の間から
ケヤキの大木を見上げると、
いつしか親になり
子供たちを連れて、
再び木立の中を行き交う自分の姿が、
まるでグルグルと廻る
夢の世界のようにも想えるのだ。
「最近、カラスに目をつけられちゃってさ」
秋川のログハウスで
冨士夫が養生していたころ、
この木立の主である
カラスの話をしたことがあった。
末娘と散歩をしていて、
カラスに向けてポップコーンを
バラまいたことがあったのだ。
その出来事は、
ほんの気まぐれだったのだが
実にあさはかだった。
カラスたちは、
バサバサバサと木から
舞い降りると同時に
辺り一面を真っ黒に変え、
雪のように散らばっていた
ポップコーンをあっという間に
貪り喰いつくしたのである。
それは、僕らとカラスたちが
つながる儀式のようなものだった。
(単にウッカリとエサをあげただけなんだけどね)
それからである。
僕と末娘はカラスたちから
すっかり目をつけられることになった。
2人で散歩をすると、
必ず数羽のカラスがついてきた。
つかず離れず、
木から木へと飛び移りながら
ついて来るのだから面白い。
公園のベンチに座ると
カラスも背もたれに並んで休み、
周りの人たちの目を魅くのだった。
「トシたちを見張っているんだよ、まるでマッポ(警察)みたいだな(笑)」
冨士夫が缶ビールを開けながら
愉快そうに呟いた。
研究者によると、
カラスは人間の顔を
見分けられるのだという。
「脳化指数」とは、
動物の体全体に占める
脳の大きさを現わした指数だが、
これを見るとカラスは
犬や猫よりも遥かに
脳が大きいのだそうだ。
それどころか、
小学校低学年ぐらいの
知能を有しているのでは?
と見る研究者も
いるほどなのである。
「だけどさ、もうカラスたちとは付き合わないことにしたんだ」
「なんで?学級委員長に怒られたんか?」
ウチの奥様は、
本人が無意識にかもし出す
気の強さから、
冨士夫から『学級委員長』
呼ばわりされている。
ある日のことだ、
「キミたち、カラスに何かしたの?!」
と、玄関の前で
『学級委員長』が腰に手をやり、
仁王立ちになっていた。
彼女の射抜くような
目線にうながされ、
そっと玄関のドアを
開けてみて驚いた。
オモテに出たすぐ横の手すりで、
2羽のカラスが待っているのだった。
「こんにちわ、待ってたわよん」
なんて、どっかの店の
女の子みたいには言わなかったが、
その代わりに僕の姿を確認すると、
公園の大木の方に向かって、
“カア〜”
っと、一声鳴いたのだ。
すると、その大木から
“カア〜 カア”
と、数羽のカラスが
返事をしたかと思うと、
その向こうの雑木林から
“カア〜 カア〜 カア〜”
と鳴きながらバサバサバサと、
無数のカラスが飛び立ったのである。
「そりゃあ、完全に見張れているな!縁を切ったほうがいい、終いにはヒッチコックの『バード』みたいになっちまうぞ」
ほんの軽い笑い話の
つもりだったのだが、
こいう状況が嫌いなのだろう。
冨士夫の反応は、
必要以上にシリアスだった。
「だいたい私は鳥そのものが嫌い!あの足が気持ちワルくて」
横で聞いていたエミリも
過剰気味に自己主張をする。
「鳥の足は恐竜の足と同じなんだよ」
ナオミちゃんと一緒に
釣りに使うエサを探していた末娘が、
コチラの会話に反応して、
ログハウスの方から
駆け出して来た。
秋晴れの穏やかな午後だった。
振り返ると、
笑顔になる風景しか
想い浮かべる事ができない
夏枯れの一コマなのであった。
…………………………………
城跡のある木立を抜けると、
三宝寺池を渡る小さな橋がある。
そこにたたずみ西方を眺めると、
池一面に茂る水草の向こうに、
リスやワニまでが棲むという
中之島が見える。
(ワニは大きな鯉だったようだが)
その向こう側に
今では封鎖されてしまったが、
ワルガキ時代の冨士夫が
遊んでいた防空壕があるのだが、
まるで透けて見えるように
伝説の祠(ほこら)も存在する。
太田道灌に攻め込まれ、
落城を覚悟した豊島泰経は、
豊島家の家宝を白馬に載せ、
馬と共に崖を飛び降り、
三宝寺池に身を投げ
命を絶ったという伝説があるのだ。
…………………………………
ところで、
縁を切ったカラスの話、
コレには続きがある。
ウチの『学級委員長』が、
隣りの家の柿を狙うカラスを
常々追い払っては、
悦に入っていたらしいのだが、
ある時、
柿の木に止まっている
カラスと目が合ったのだそうだ。
しかし、その時は
優しさの魔がさしたのか、
見逃してやったらしい。
「そうしたらさ、夕方に買い物に行こうと思ってオモテに出たら、自転車の買い物カゴに柿がひとつ、チョコンと置いてあるのよ」
「そりゃあ、委員長、カラスの恩返しだ」
冨士夫が生きていたら、
手を打ってそう言っただろう。
そういえば、
今でも庭の木に
時おりカラスが佇んでいる。
空と雲を見上げると、
“カア〜 カア〜 カア〜”
と飛んで行くのが目に映るのだ。
「季節が変わろうとしているよ」
もしかすると、
そう知らせてくれている
のかも知れないな、
と想う今日この頃なのである。
(2007年頃〜今)