140『テネシーワルツ』 ガンさん/ 村上元一氏・通夜

まるで夢でもみているかのように、
昔を思い出すことがある。

あの頃の僕は、
どこかふぬけていて、
焦点が定まらないまま
生きていた気がする。

公園の淵にある
ベンチに腰掛けながら、
日が暮れかかった
池の景色を眺めていた。

ぼおっと水面に映る灯りが、
遠い光から揺れ始める。

すると忘れていた
何かがザワめいて、
心の中に波紋が
広がっていく気がするのだ。

そのときである、
胸ポケットの中で携帯が鳴った。

「もしもし、俺、冨士夫。久し振り、元気かい?ガンさん(※1)が亡くなったよ」

何年振りだろうか?
久々の冨士夫だった。

そうか、
今しがたのザワザワ感は
コレだったのかも知れない……。

「ガンさんって、クロコのオーナー?」

「そう。これからエミリと葬儀に行くところなんだ。トシはどうする?」

そう訊かれて、
反射的に「行くよ」と答えた。
ガンさんには、
随分と世話になったのだから。

加えて、
ミュージシャンの在り方を
解りやすく教えて
いただいたりもしたのだ。

「いいか、ステージに上がる種類の人間ってのはな、普通の輩じゃないんだ。でもな、だからこそ面白いともいえる。非現実に導いてくれるんだからな。だから、お前もさ、冨士夫に普通のコトをさせるなよ。奴がつまんなくなっちまうだろ!?」

ガンさんが自らのナベプロ
(渡辺プロダクション)
時代のエピソードを交えて
訊かせてくれる芸能話の数々は、
泥臭いエピソードにまみれて、
ソコ等の本よりもずっと面白かった。

“そうか、それじゃ、俺は恵まれているんだな”

なんて、
当時関わっていた
『FOOLS』や冨士夫周辺の
あまりにも非常識な環境を、
改めて見直したモンである。

(同じ非現実でも、ソレとコレとはワケが違うんだけどね)

そんな事を思い出しながら、
羽田方面のモノレールに乗っていた。
通夜の式場である
『臨海斎場』に向かっていたのだ。

今では高層ビルと夜景の光で、
まるで未来都市のような晴海埠頭も、
当時はまだ開発途中の
未完成な風景だった気がする。

そんな夜景が流れるのを
ぼおっと眺めていると、
再び冨士夫から連絡がくる。

「ごめん、俺たち、ちょっと遅れるから」

ということだった。

でも、僕は意に介さない。
いつもの事なのだ。
きっと出かける間際に、

「おっと、アレもコレも持っていかなきゃ」

なんて、
どっかのオバさんみたいに
玄関で右往左往していたのだろう。

そんな冨士夫オバさんを、
懐かしく想う自分が心地よかった。

“余裕があるじゃんか、俺”

駅から降りて、
式場までの一本道を行くと、
様々な業界人が行き交う。

“知ってる有名人はいないかしら?”

なんて、
ミーハーな感じで歩いていると、
前から西部警察が来た。
いや、クールズの人だ。
今ならハヅキルーペの人
といったところか。

……すれ違った。

“なんだ、俺のほうが背が高いじゃねえか”

あとで冨士夫に自慢してやろう。
そう思ったが、
すぐにやめることにした。

「そーゆーことはどーでもいーから。変わってねーな、トシ」

って言われたくはない。

式場に着くと、
ガラス越しに中の様子が伺えた。

エンドレスでガンさんの大好きだった
♪テネシーワルツ♪が流れている。

クロコの西さんが、
甲斐甲斐しく弔問客を
接待している姿が確認できた。

僕は冨士夫が来るのを待った。
一緒に入ったほうがいいだろう。

“おっ、アレはミッキー・カーチスだ”

なんて、
知ってる芸能人を見つけながら、
冨士夫が来るのを待った。

1時間も経っただろうか、
弔問客もめっきりと減ってきた。
いったい、
通夜は何時までなんだろう。

冨士夫たちはまだ来ない。

“終了しちまうじゃねぇか”

という思いで、

“挨拶だけでもして時間を引き延ばそう”

と、いつかのライヴみたいに
西さんに向かった時だ、

「トシ、お疲れ!」

後ろから冨士夫の声がした。

振り向くと、
冨士夫とエミリが笑顔で
手を振りながら寄って来る。

その声に西さんも反応して、

「わざわざ来てくれたのか!」

と手前から近づいて来た。

ちょうど僕を中心に、
冨士夫と西さんが一緒になり、
再会の挨拶を交わしながら
ガンさんの遺影に視線を移したとき、

繰り返す、
♪ テネシーワルツ♪
が耳に入ってきた。

♪さりにし夢
あの テネシーワルツ
なつかし愛の唄
面影しのんで 今宵も歌う
うるわし テネシーワルツ♪

I was dancin’ with my darlin’
To the Tennessee Waltz
When an old friend I happened to see
Introduced her to my loved one
And while they were dancin’
My friend stole my sweetheart from me

様々な想いが一瞬に凝縮し、
式場の中を踊っているようだった。

線香をあげ、
しばし西さんと話したりして、
ガンさんにお別れを告げた。

「トシ、時間あるかい? 帰りにちょこっと呑まねぇか?」

そう言う冨士夫と帰り際に、
品川駅前の居酒屋に入ることにする。

実に10年振りだった。
いや、もっとかも知れない。
果てしなく過ぎ去った
時間をつむぐように、
僕らはお互いの話をした。

冨士夫の見た目は
随分と痩せていた。
僕の知っている彼は
筋肉質で精悍だっただけに、
フッと別人と居る気分になる。

だけど、人なつっこい笑顔や
リラックスした空気感は、
一緒に楽しんでいた頃の
冨士夫そのものだった。

コチラも歳をくったのだ。
このとき僕は半世紀生きていたが、
『デザイナー』とかいう肩書に、
なんだか違和感を覚える時期だった。

感覚的に若くなくなった自分を、
もっと個人的な世界に
戻したかったのである。

そういう意味で、
なんだか行き場もなく
人生を浮遊しているような
妙な気分だったのかも知れない。

ソレに対して冨士夫は明確だった。

「それじゃ、トシ、また一緒にやらねえか?」

思いがけない言葉だった。
“えっ!?” って、感じ。

「『村八分』が売れちゃってさ、世の中が繰り返してるんだよ」

「売れたって何が?『村八分』のCDかぃ?」

「そう、ボックスを作ったんだ。『村八分』の音源を集めてCDボックスにしたらさ、完売したんだぜ」

“そんなことがあるんだ!?”

正直、夢にも想っちゃいなかった。
音楽界と離れて久しかったのである。

「けっこうな金になったんだぜ、まぁ、呑みなよ、ココは奢るからさ!」

そう言いながら、
冨士夫がビールを注いできた。

「あっ、すいません、ありがとうございます」

なんて、
“なに、敬語になってんだ、俺!?”

完全に風向きが変わった。
熱帯低気圧から発達した台風は、
15年ほど軌道をそれて
平和なお天気をもたらせていたのだが、
いま、まさに、
再び接近してきたのである。

「早急に一度、ライヴに寄らせてもらいます」

「ああ、チコヒゲと一緒にやってるから観においでよ」

そう言いながら冨士夫は、
やにわに財布から現金を取り出すと、

「ごちそうさん!釣りはいらねぇよ!」

と、歌舞伎役者のごとく
さっそうと立ち上がったのであった。

…………………………………………

2006年、5月12日/金曜日。

終電近くの電車の中は、
ゴールデンウィーク明けの
金曜の夜にごったがえしていた。

怪しげにふらつきながらも
愉しげに会話するサラリーマン。
ドアにもたれ、
自分の姿を夜景に流すOL。
だらしない寝姿を
さらすオヤジの頭を、
隣りに座る女性が
迷惑そうな表情で
押しのけていた。

『花金』という言葉は
すでに死語であったが、
金曜の終電車は、
酒に酔った男女が
日常のストレスを発散し、
赤ら顔で帰宅する
銀河鉄道みたいなもんなのだ。

それでも、
よほどの事が無い限り
理性の扉は閉じられ、
非常識な振る舞いは
滅多に起こらない。

僕はガンさんの言葉を思い出した。

「いいか、人間はな、誰だって歌えるし、踊れるし、絵も描ける。本当はみんな好きなことをして生きていたいんだ。だけど我慢してるんだよ。我慢をして日常をおくっている」

金曜の夜の『花金』銀河鉄道が、
このまま非日常に行くことはないが、
酔った刹那に
非現実な世界を彷徨っても、
誰にもとがめられないだろう。

それは、まるで
夢でもみているかのような現実。
あとで思い出しても、
感覚があいまいな世界である。

そう想ったとき、

「それじゃ、トシ、また一緒にやらねえか?」

心のどこかで、
さっきの冨士夫の声がした。

“それもイイかも知れない”

♪さりにし夢
………………
面影しのんで 今宵も歌う
うるわし テネシーワルツ♪

導いてくれた
ガンさんの想いが、
エンドレスで廻っている
気がしたのだから。

(2006年5月12日)

 

(※1) ガンさんこと村上元一氏/仙台生まれ。渡辺プロダクション時代は内田裕也さんをはじめ、数々のアーティストをマネージメント。East Landの発起人の一人であり、『原宿クロコダイル』『Oh! God』『Back Wood』などの各店を経営し、東京原宿を作った男と呼ばれている。冨士夫はお気に入りで、女の子連れで最前列で眺めながら歓声をあげていたシーンを思い出す。2006年春、心不全により永眠。享年71歳であった。

 

PS/

やっと梅雨も終わり、
夏らしくなってきましたが、
皆様はいかがお過ごしでしょうか。

明日、7月30日は、
『Yamaguchi Fujio Tribute Band』
のリハーサルがございます。

どんな感じなのかは、
また、面白可笑しく
伝えさせていただこう
ということで、

それでは、また。

暑さにお気をつけください。

【山口冨士夫を偲ぶ6年目の夏】7回忌

◆原宿クロコダイル
◆2019/08/15木曜
◆Yamaguchi Fujio Tribute Band 2019
◆前売り¥3,000/当日¥3,500
◆18:00/open 19:30/start

members
吉田博(vo,b)…ex;The Dynmamites
延原達治(vo,g)…The Privates
宮田和弥(vo,harp)…Jun Sky Walker(s)
ぴーちゃん(g)…Blues Binbohs
ナオミ(ds)…Naomi&Chinatowns
芝井直実(sax,g)

◆Information/前売り予約
原宿クロコダイル
03-3499-5205
E-Mail:croco@crocodile-live.jp
◆yomoyaba@yahoo.co.jp

 

 

 

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