143『お盆の七回忌』
家を出る時は曇り空だったので、
傘を持って出たくなかった。
「途中で降られるよ、台風なんだからさ」
と家の人に言われたのだが、
なんだか“うるせぇや!”と思って、
バタン!っと、外に出たのだ。
別に怒っているわけではない。
面倒だったのである。
いや、興奮していたのかも知れない。
ステージに上がるわけでもないし、
何をやるわけでもないのだが、
何故か傘なんぞを持って歩く
気分じゃなかったのだ。
案の定、
ボート池にさしかかったところで、
“ポツリ” と来て、
見上げたら、
“どぉ〜” っと降って来た。
濡れ鼠のまま坂を走り、
傘をさす余裕人たちの
蔑むような目線を避け、
バス通りにある
100円ショップに駆け込んだのだ。
「これ、ください。すぐに使いますので」
300円ビニール傘が
“そんな、あなたのために”
とでもいうよーに
店頭に並んでいたのである。
最近はコンビニでも500円もするし、
黒傘なんか1500円もする。
いつの間に300円傘が
なくなったのかと思ったら、
こんなトコロに居たのね、
なんて少し機嫌を直して
オモテに出たら、
…雨がやんでいた、…のだ。
ずぶ濡れで300円傘を手に持つ男の
なんと無様で滑稽なコトだろうか。
しかも、ほんの少しの間に
空がうっすらと
晴れかけているではないか。
まっこと、おかしな台風なのである。
さい先は最悪であったが、
なぁんも、めげることはないのだ。
今日はお盆、
しかも冨士夫の七周忌なのだから。
気を取り直して電車に乗り、
明治神宮前で降りて
渋谷方面に向かって歩いていたら、
前方に2匹の野生動物と
おぼしき人間を発見。
「今日はよろしくお願いします」
追い越してみたら、
吉田さんと芝井さんであった。
(吉田さんはベース、芝井さんはサックスである)
この2人、とっても仲が良い。
渓流釣りの師弟関係で、
山奥の崖っぷちを抜けて
お魚を釣るのが好きだという、
本人にしかわからない快感を
お持ちの人たちなのだ。
「おはようございます」
クロコの店の前まで行くと、
ナオミちゃんがブンちゃんと
雑談をしていた。
(ナオミちゃんはドラム、ブンちゃんはスタッフだ)
「あれっ?店はまだ開いてないの?」
3時集合なので、
3時に来たのだが、
たまに、肝心のクロコが
開いてないことがある。
「とっくに来ています、機材を運び込んだところです」
すんごい早業ではないか。
勇んで階段を降り店内に入ると、
もうステージセットが
ほとんど出来上がっていた。
ステージではジュンスカの
和弥せんせい(ヴォーカル)が
何やらチェックをしていて、
その下でローディのキンちゃんが
忍者のように動めいているのだ。
「いやぁ、あっついなぁ、まいったよ。台風だっていうからさぁ、覚悟してたらとんでもなく暑いじゃない」
ギターのピーちゃんの第一声は、
軽い愚痴から始まることが多い。
そりゃあ、そうだろう、
けっこうな山奥から上京するのだ。
しかも今回は大量の
冨士夫Tシャツを
運んで来ているのである。
ちなみにピーちゃんは、
セツ(モードセミナー)の出身。
ゆえにTシャツのデザインも手がける。
青ちゃんや、しのぶの後輩にあたる。
やがて、
プライベーツのノブちゃんが
ギターとアンプを持って現れるころには、
リハのシーンが出来上がっていった。
コレが普通なのだろう、
“ライヴの日はこうでなくっちゃ”
と思いながらも、
遥か昔に想いを馳せる。
……………………………
タンブリングスでは、
すでに客が入っている後に
バンドが到着して、
「本日はセッティングからお見せいたします」
と言いながら入ってきた冨士夫たちが
機材をステージへと運び上げ、
本当に音出しから始める
ライヴになったことがある。
「ウチは3時から開いてるんだからな」
毎回到着が遅い
ウチ等(タンブリングス)に対して
西さん(クロコの店長)は、
ダメだししていたのを思い出す。
フールズにいたっては、
コウがサウナに行ったまんま帰って来ない。
カズはフィリピンから帰って来ない。
リョウは酩酊状態でステージに上がり、
マーチンは方向音痴だったので、
ステージに行き着くまでが
至難の業だったのだ。
ほんと、
あの頃のライヴは冒険だった。
無事に終わるよりも、
無事に始まることが
重要だったのである。
だが、
今ではそんなシーンが懐かしい。
いい加減で、迷惑で、
中途半端で、ジャンキーで、
ずる賢く馬鹿なふりをする
どうしようもない
ロック野郎たちだったが、
振り返ってみれば
そんな彼らと過ごした夜が、
過ぎ去った人生の中で
最高に愉しかったような
気がするからだ。
お盆だからだろうか、
冨士夫に限らず
先に逝ってしまった輩の残像を
やけに切なく思い出す。
……………………………
「そろそろ時間です」
お盆のど真ん中であったが、
クロコのホールには
たっぷりのお客さんが
詰めかけて来てくれていた。
すでにオンタイムだったのだが、
店に入ろうとしている客が、
まだまだ階段の上にまで
溜まっているのだ。
10分ほど押しただろうか、
いまだに客入れが続いている
状態だったのだが、
「もう、イこうぜ! ゆっくりと始めればいいよ」
しびれをきらしたノブちゃんが、
楽屋から飛び出してきたのだ。
それに続くメンバーたち。
ほんとうは『Rock Me』から始めて
ハナっから飛ばすつもりだったのだが、
ノブちゃんの機転もあり、
『メロディ』でゆっくりと
オープニングを廻すことにする。
そして客が入り切った2曲目から、
『Rock Me』『Walking the dog』
『Route66』へと、
飛び出して行くのだった。
このバンドの芯になるのは、
やはりノブちゃんである。
冨士夫の息づかいまでも
感覚的につかんでいる彼は、
全体のバランスを計りながらも
ステージを進めていくのだった。
そして、もうひとり、
今夜の主役は
なんといっても吉田さんだ。
彼の心と想いの中には、
常に子供の頃からの冨士夫がいる。
共にバンドを組んだ中学時代や、
ダイナマイツの頃の思い出は、
きりがないほどに
人生の中でほとばしるのだ。
「冨士夫の七回忌をクロコダイルでやるよ」
なんて、
何のてらいも無く
心から言えるのは、
吉田さんしかいないだろう。
「“おさらば”って歌はさ、冨士夫が10代の頃に作ったんだよ」
っとか言いながら、
今回は自分が歌いたいと伝えてきた。
僕らが知っている『おさらば』は、
『ひまつぶし』の中の1曲である。
そういえば、この曲だけ
冨士夫の作詞であった。
吉田さんが言うように、
冨士夫と2人で音楽の世界を
夢見ているころからの曲なら、
きっと吉田さんにとっては
唯一無二の『歌』に違いない。
『おさらば』をステージで歌う
吉田さんの姿には、
そんな雰囲気が漂っていたのである。
「次はもっともっと練習して、もっともっと良いステージを演るから」
MCで和弥をいじりながらも、
そんな殊勝なことを言っていた
プライベーツのノブちゃん(延原達治)は、
時おりではあるが、
いつもより険しい顔を
見せていたような気がする。
そりゃあ、そうだろう。
バンマス吉田さんの要望を聞き、
和弥の存在感を意識しながら、
限られた時間の中で
バンド全体のバランスを計るのは
決して容易なことではない。
『ダイナマイツ』
『ひまつぶし/冨士夫ソロ』
『村八分』
『TEARDROPS』
と、展開していくステージ構成を、
最後は冨士夫と一緒に作った曲、
『君が君に』で
締めくくったのである。
加えて、
『ジュンスカの和弥』効果が、
いつもとは違う
『冨士夫トリュビュートバンド』
へと導いてくれていた。
彼は単なるゲストではなく、
メンバーとしてのステージを
出ずっぱりで楽しんでくれていたのだ。
しかも、歌う曲を自ら選び、
短期間で自分のモノにするという
心の入れようだったのだと想う。
「コレは俺の闇営業です」
には笑っちゃったが、
随分とチカラのこもった
闇だった気がするのだ。
特に和弥の歌う、
『皆殺しのバラード』
『瞬間移動できたら』
は、圧巻だったと想う。
冨士夫とは違う良さがあって、
別の景色を眺めているようだった。
終演時、出口付近で、
「滅多にない良いライヴが観れたよ」
と、冨士夫のことを良く知る
昔からの冨士夫シンパに呼び止められた。
この夜は、冨士夫にとっても
たまらない宝物になったと想う。
きっと、会場のどこかで
踊りまくっていたことだろう。
……………………………
さてさて、
どんなに何を書こうとも、
実際のライヴ感覚は
文字や映像では伝わらないものだ。
だから、今回は
これくらいにしておこうと思う。
終演後、
クロコでささやかな打ち上げをしてから、
帰ることにした。
帰る間際に、
だらだらとしたお別れをしていたら、
「冨士夫の命日は今日(15日)だった?」
と、クロコの西さんが、
今さらながら
吉田さんに訊いたのだ。
「違うよ、昨日(14日)が命日。14日は(クロコが)空いてないって言ってたからお盆(15日)にしたんじゃない」
そう言いながら吉田さんは、
ひょいっと、ギターを担ぐと、
「みなさん、おつかれさん!」
と、出口に向かう。
その背中に向かって、
西さんが叫んだ。
「今ならクリスマスと正月が空いてるよぉ!」
もう振り向かなかったが、
階段を上がる足音と共に、
吉田さんの大きな声が聞こえてきた。
「わかったぁ、13回忌に考えるわぁ!」
その声は、お盆の夜深く、
遥かなる夜空の果てまでも
木霊している気がしたのである。
(2019/08/15)
PS/
お盆の台風にもかかわらず、
会場をいっぱいにしていただき、
ご来場の皆様には深く感謝いたします。
今回のライヴの
言い出しっぺである吉田さんを、
巧みにけしかけてくれた
和弥さんの弟さんに感謝いたします。
ダイナマイツやTEARDROPS時代
から観ていただいている皆様、
心から感謝いたします。
タテノリもヨコノリも
心地よく楽しんでいただいていた、
冨士夫のライヴでは
あまりお目にかかったことのない皆様、
如何でしたでしょうか?
これからもよろしくお願いいたします。
そして、何よりも、時間のない中、
25曲もの演奏をこなし、
涼しい顔で残暑を迎える
今回のトリュビュートバンドのメンバーの方々、
吉田博(vo,b)…ex;The Dynmamites
延原達治(vo,g)…The Privates
宮田和弥(vo,harp)…Jun Sky Walker(s)
ぴーちゃん(g)…Blues Binbohs
ナオミ(ds)…Naomi&Chinatowns
芝井直実(sax,g)
その勇気と実行力を尊敬すると共に、
心から感謝いたします。
そして、きんちゃん、ぶんちゃん、ゆまちゃん、
ありがとうございました。
2019/8/15 原宿クロコダイル
1部
01/メロディ
02/Rock Me
03/Walking the dog
04/Route66
05/RR Music
06/真夏の夜の動物園
07/My Girl
08/おさらば
09/誰かおいらに
10/誰もがだれかに
11/皆殺しのバラード
12/いい夢みてね
2部
13/グッ、モーニン
14/Walkin Blues
15/Can Not Waite
16/黒くぬれ
17/水たまり
18/鼻からちょうちん
19/からかわないで
20/ひとつだけ
21/いきなりサンシャイン
22/君が君に
アンコール
23/トンネル天国
24/サティスファクション
25/瞬間移動できたら
そして、
こんなにも良い曲の
数々を残してくれた
山口冨士夫に、
心から感謝いたします。