150『遥かなるメコン川』

20年以上前になるだろうか、
メコン川に行ったことがある。

ご存知だとは思うが、
メコン川とは、
チベット高原に源流を発し、
中国の雲南省を通り、
ミャンマー・ラオス国境、
タイ・カンボジア・ベトナムを
およそ4200キロに渡り流れ、
南シナ海に抜けていく
国際河川のことだ。

アジア人であれば、
人生の中で一度は
訪れてみたい風景である。
腕組みをしながら濁流を眺め、
「…なるほど」って、
アジアの源流を確かめるのが、
「なんか…いいな」って、
思える川なのだ。

20年前の中国は
急激に変わり始めたころだったが、
今と比べるとまだまだ素朴で、
どこか懐かしい雰囲気があった。
だから、南方の雲南省を選び
シーサンパンナという街を流れる
メコン川の上流を目指したのである。

行ってみると、そこは、
無数の少数民族から成り立つ
およそ中国っぽくない地域だった。

雲南省にあるシーサンパンナは、
タイ族が最も多く住み、
西はミャンマーと、
南はラオスやベトナムと
国境を接しているのだが、
赤土の町を歩いていると
妙に懐かしい気持ちが
込み上げてくるのだ。

「なんでだ?」
と考えたあげくに解ったのが、
現地の男たちの顔であった。

我が父・春三(ハルゾウ)に
似ているのである。
特にミャンマー系のフェイスタイプは、
ハルゾウそのものなのだ。

僕らは普段、
当たり前のように日本人同士で
接しているからわからないのだが、
アジアを行くと想わぬところで
親戚(の顔)に出会ったりする。

なんて余談はさておき、
話を本流に戻そうと思う。

巻きスカート風な
タイ族の民族衣装を着た
ガイドの後をついて行くと、
やがて幾重にも重なる茂みを抜けて、
広く開かれた川岸に出た。

夏草が茂る向こうに、
とうとうと川が流れている
景色が見えるのだ。

あれから、
24年くらいは経つのだろうか。

ちょうどその日は地元の祭りらしく、
華やかなタイ族の衣装をまとう
シーサンパンナの女性たちの集団越しに、
待望のメコン川を眺めていた。

日本では目にしないほどの
水量をたたえながら、
土色をした川の流れが、
遥かなる東南アジアへと
つながって行くのだ。

“この次はタイやラオスで、この流れを眺めたいな”

そう想っていたあの頃は
僕の人生の中でも
格別に穏やかな
時期だったのかも知れない。

メコン川の流れのように、
自分自身の生き方も
ゆったりと描きたいと
想っていたときだったのだから。

……………………………………

冬と春の狭間にあるような、
静かに明けたの水曜の朝。

突然にエミリーからの映像が届いた。

川の流れに身を任せ
小さなボートに乗り込み、
コチラを向いて微笑んでいる。

その映像を見てすぐに理解した。

“ついにラオスに行ったんだ”

そう想ったのである。

……………………………………

あれは闘病中の冨士夫が
出口の見えない毎日に
疲れ果てているころのことだ。

「ラオスに行きてぇんだ」

突然に冨士夫が言いだしたのだ。
いや、エミリが提案したのだろうか?
いずれにしても
僕自身も行ってみたかったのである。

その頃のラオスは、
フランス統治時代の影響もあり、
ヴェトナムで起こったファッション・ブームの
次のモデル国になるといわれていた。
(特にラオスの少数民族であるモン族が織りなすテキスタイルが注目をあびていた)

国民性は優しく穏やかだという。
首都ヴィエンチャンには
欧米からの観光客も来ているが、
全体にはゆっくりとした
時間が流れているいう話だった。

その頃の僕らは、
まさしく暗中模索の状態であった。
いや、冨士夫はどうだったのだろうか?
朝か昼、とにかく起床と同時に
身体の痛みとの闘いが始まる。

ほとんど毎日のように、
昼過ぎには家に行くようにしていた。
行かないと呼ばれるのである。

福生にあるイタリア料理店で
パスタと赤ワインをたしなむのが、
その頃の冨士夫の日課だったのだが、
そのワインの赤が
冨士夫の顔色に馴染んでくるころ、
痛みをごまかすように
今、できることを探すのだ。

見回してもさしたる仕事も無く、
できることは何も無い。
ライヴをする気力はあるのだが、
体調はそれを許してはいなかった。

それなら、レコーディングをしようと
温暖な沖縄のスタジオを押えにかかった。
沖縄に居る友人に頼んで、
数曲でも録音しようと思ったのである。
信頼するミュージシャンは
現地に居るので、
冨士夫は曲作りに専念すればいい。

そんなときの冨士夫は、
こちらのアイデアに対して
時おり笑顔になったりする。
機嫌の良い時はプランを誉め、
始まってもいない仕事の
乾杯までしたりするのだ。

しかし、その乾杯は
いつも祝杯になるとは限らない。

ある日のイタリア料理店で、
赤ワインを “グイッ” っと
一気に飲みほすと、
“カシャン!”っと、
ワイングラスを置き、
冨士夫は言い放った。

「やっぱ、沖縄には行かねぇわ。バラしてくれ」

理由は「信用できない」ということだった。

僕や沖縄の連中が信用ならないらしい。

そう言われれば仕方がない。
考えてみれば
冨士夫は完璧主義なのだ。
疑心暗鬼におちいる得意技も持っている。

仕方なく、
リハのスケジュールを組んでいるところで、
沖縄にNGのサインを送った。

また、僕らは暗中模索の状態に戻り、
僕は何の予定も用事もなく、
まるで介護でもするかのように
冨士夫の家に通う日々が続いた。

そんな時である、
“ラオス行き”の話がでたのは。

別にラオスからの
仕事がきたわけではない。
コネクションがあるわけでもなかった。

それなのに、
「行こうか」という事になったのだ。

考えてみれば無理矢理である。
滅茶苦茶といってもいい。

その時の僕は、
考えることも行き詰まり、
奇跡的な出来事が起こることを
想像していたのかも知れない。

温暖な環境で身も心も解放されれば、
治らない身体も良くなると想ったのである。

まだ見ぬヴィエンチャンの古い店で、
数人の地元民相手に
ギターを弾いている冨士夫を妄想する。

ラオスで見るメコン川を想像したとき、
ふっと、ラオスの夕陽が浮かんできたのだ。

その日暮れる川の畔で、
冨士夫に話を聞けばいいではないか。
『SO WHAT』の本音を
続編として書き起こせばいい。

“こりゃあ、凄い話になるぞ”

わるいクセで、
ひとり、悦に入ると止まらない。

思いついた足で、
『SO WHAT』を出版する
Kさんの会社に飛び込んだ。

「『ラオスから見る夕陽』っていう冨士夫本を作りたいんだけど」

編集費として諸経費を出してもらえば
ラオス行きが実現するのだ。

Kさんは理解して受け入れてくれた。
しかし、出版社の社長が
首を縦に振ることはなかった。
それこそ、信用ならなかったのだろう。
相手の立場になれば解る。
まるで賭け事のような企画なのだから。
(どこも大変だしね)

結局、僕らはまた
暗中模索の状態になった。

あれから、
10年くらいは経つのだろうか。
20年前に見た
メコン川の再現はならなかったが、
その後の冨士夫は
周りの人々の助けもあり、
少しばかり体力を持ち直しながら、
ステージに立つこともできたのである。

……………………………………

メコン川を行くエミリが
何やら袋を取り出した。

川の流れと風の音が、
まるで非現実の中の現実を
映し出しているかのようである。

冨士夫が亡くなったとき、
本人が行きたがっていた
メコン川の流れに、
遺骨を散布しようという
話になっていた。

でも、現実には
たやすく行けるものでもない。
すべてが現実になり、
それを逃がす非現実の流れは、
まるで、遥かの地に置き去りに
なっていくかのような毎日だったのだ。

エミリが、
袋の中から何やら
白い粉を取り出しては、
行き過ぎて行く
水の流れに散布している。

そして、コチラを見て
“ニコッ”って、笑うのだった。

「さようなら、冨士夫、よかったね」

メコン川の流れとともに
冨士夫の想いも流れて行く。

人はいったい何処で生まれて、
何処に行くのだろう。

どこの国の人で、
民族やら文化はどんなだろうか。

なんて、

そんなことはどうでもいい気がする。

ずぅっと気にしていた
生まれながらの境遇も、
早くに別れた母親への想いも、
ついに知り得なかった父親の幻影も、
すべて川の流れと共に
次の景色へとつながっていけばいい。

画面に映し出される
エミリの笑顔の向こう側に、
沈みゆくラオスの夕陽が
あればいいと想った。

「まず最初にもう一度聞くね、生まれて初めての記憶は何だった?」

夕陽にたたずむ冨士夫に質問をする。

無言のまま、
ずぅっと夕陽を眺めたままの冨士夫は、
日が暮れるのも忘れるように
一心に川の音に聴き入っているようだった。

ふっと、コチラに向き直り、
子供のように髪を掻きむしると、

「そんなこと忘れたよ、次に行こうぜ」

きっと…、そう言うにちがいない。

(1995年ころ〜現在)

PS/

世間はコロナ騒ぎで、
なんだか落ち着かず、
心も沈みがちです。

そんなとき、
突然にエミリから送られてきた
メコン川の映像を見て、
なんだか救われたような気がしました。

そんなエミリ率いる『ダイヤモンズ』が、
ジョージが飛ばす『藻の月』と共に
原宿クロコダイルに出演します。
京都のバンド/モンスターロシモフも必見です。

この時期、このタイミングで、
約1ヵ月と少し先ですが、
メコン川に帰って行った冨士夫と共に
愉しくゆったりとした夜になれば、
と想っております。

どなた様も、お身体に気をつけて。

ご自愛ください。

5月1日(金)
『 Your Song 』at 原宿クロコダイル
【出演】
藻の月/DIAMONDS/ モンスターロシモフ
open 18:00 start 19:00
charge ¥2500 / ¥3000
+(Drink order + Tax)

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