166『26歳の夏』China Cats Trips Band
ある日、家に帰ると、
家族が10人に増えていた。
いや、正確な数はわからない。
数えなかったからである。
和風の居間に
横長のソファがあったのだが、
そこを新たな家族が横一列に占領し、
余った数人が窓辺にいた記憶がある。
「あの人たちはなんなのさ」
会社から帰った夫は妻に問うた。
「わたし、知らない」
若い妻は女子高生のようにかぶりを振る。
「ごめんトシ、呼んだら、バンドごと来ちゃってさ」
この事態に責任を感じていた冨士夫が、
“ぬぬ!”っと寄って来て、
申し訳なさそうに言うのだった。
そこに、ソファに座った誰かが、
「チナキャッツと言います」
と明るく挨拶した。
″ストレイやクレイジーなら好きだが、チナは知らねぇなぁ″
そう言い放ちたい気分だったが、
良い人に見られたい
オイラのセコセコセンサーが働いて
思わず笑顔で応えるのだった。
「いらっしゃい」
夏だったので出窓は開けっ放しである。
そこに座っていた誰かがどいて
オイラを招いたので、
「どーも」とか言いながら、
窓辺に座ることにした。
すかさず、
他の誰かがビールを注ぎに来てくれた。
「はじめまして」なのである。
この中に妻と娘が居るはずだか、
目前の視界には確認できなかった。
隣の四畳半に居るのだろうか?
そこは冨士夫&エミリの
独立国になっているのだった。
他に3畳の仕事部屋があり、
台所と風呂がある。
居間も10畳なのでさしたる広さではない。
オイラの心の中の大魔神が表情を変える気がした。
ここに居る全員を踏み潰し、
隣の独立国に攻め入って
大統領と首相を抹殺したいところだが、
何杯目かのビールを注がれているうちに、
なんだかどーでもよくなってきた。
「どんな音楽をやっているんですか?」
なんて親しげに話しかけているのだ。
ほとほとこんな自分に呆れる。
誤解なきよう説明しておきたい。
私は決してこの状況を
受け入れたわけではない。
はっきり言って嫌なのだ。
だけど日和見主義な人生は、
周りの状況により変化するのである。
いうなればカメレオンだ。
″どんな色にだって変えてやるぜぃ!″
なんて、
決して自慢できることではないのだが…。
さて、この突然の雑魚寝生活が
どのくらい続いたのだろうか?
世間は夏休みの季節だったように思う。
数日だったような気もするし、
1週間くらいだったような気もするのだ。
あるいは、たった一晩だったのか?
それはないだろう。
週末に妻の姉とその彼氏も加わって、
みんなして鎌倉の由比ヶ浜まで行き、
花火をしたことを覚えているのだ。
ぞろぞろワイワイと
夜の浜辺に連なる人影が心に残っている。
ラジカセからは『チナキャッツ』の音源が流れていた。
その時は、
この光景が人生の中で好印象に残るとは、
考えもしなかった。
日常とはそういうものである。
受け入れたのなら面白がったほうが良い。
後になって愉しめるかも知れないのだから。
………………………………
先週の日曜に国立の地球屋に行った。
冨士夫と村八分やエミリつながりの
京都の女子に呼んでもらったのである。
彼女は 29日のShowBoatの
『藻の月』も観に来てくれた。
そのあとエミリの家で過ごしていたという。
地球屋のステージでは
京都から来た『モンスターロシモフ』が、
さすがの16年のキャリアを繰り広げていた。
この辺りでは見ないタイプのバンドである。
ロックとパンクと笑いを
絶妙に織り交ぜたようなステージ展開は、
関西のバンドならではのように思う。
久しぶりのワンマンステージを堪能し、
(最近は4バンドくらいのライブばかり接しているからね)
構成の巧みさを味わった気がした。
帰りがけのカウンターで、
店主のエルさんに
「来週の日曜はお願いします」と言って、
『藻の月』ライブの挨拶をして帰る時、
突然に記憶がフラッシュバックした。
はるか遠い思い出の中で
冒頭の蒸し暑い夏の夜が
よみがえったのである。
あの時の僕は、
いつもの残業を終え、
気だるい中で我が家に戻ったのだ。
すると、突然に家族が増えていたのである。
和風の居間にあった横長のソファには、
デッドフリークの男たちに混じって、
2人の可愛い女の子が座っていた。
「その1人がエルだったんだよ」
と後から聞いたのを思い出したのだ。
あのとき、
オイラの中の大魔神が爆発しなかったのは、
そのときの可愛いエルの存在が
目に写ったからなのかも知れないな。
店の階段を上りながら
とおーい夏の日に浮かぶ愉快な日々を思い出す。
″脱線しながら歩む人生は心地良いものだ″
おもてに出ると、
散り桜が春雨の景色に舞っていた。
見上げると、桜の木の新緑が、
夏に向かって色づいていく気がしたのである。
(1981年〜今)
PS/
いきなり!『地球屋』ぶっつけ!
4月10日土曜
出演/●藻の月 ●三ッ野大貴(from Magical Lizzy Band)
●Charge/1500yen ●Open/18:00 ●Start/18:30